爆発物処理班(EOD)が爆弾の処理をする際、ロボットの故障や使用不可能な状況に陥るときがある。すると彼らは、ひとり対爆スーツを身に着け爆弾解除に向かう。そんな状況の事をEODの連中はロングウォークという。群衆が取り囲むなか、いつ爆発するわからない爆弾に30キロを超えるスーツを着込みひとり対峙する。死の影が常に足元からにじり寄り彼らの魂をつかみ去る瞬間を狙っている。それは群衆の中の携帯電話を手にした少年の姿をしているかもしれず、あるいは建物の屋上で、睨みを利かす男が隠し持っているかもしれない狙撃銃の形をしていることもある。爆弾そのものが囮の可能性もある。
本書はイラクにおいて空軍のEOD将校としてキルクークを中心に部隊を指揮し、即席爆破装置(IED)の処理を行った著者の戦中と戦後を綴った物語だ。アメリカ軍のEODは陸、海、空、そして海兵隊の四軍の中で、それぞれ独立して存在しているわけではないようだ。四軍の中の希望者の内、入校を許可されたものたちをフロリダ州にあるエグリン空軍基地のEOD技術者養成校に入校させる。空軍基地の中にあるが、海軍が運営している。著者、ブライアン・キャストナーが入校した際のクラスメートは29人。卒業できたのはたった3人だったという。
EOD技術者養成校ではどのテストでも85点以上をとらないと失格となる。スリーストライクを取ればそくアウト。失格だ。著者はEOD学校を組み立てラインと呼ぶ。徹底的に検査され、不良品ははじかれる。高校や大学の時でさえこんなに勉強しなかったというくらい勉強し、やがて爆弾のこと以外は何も考えられないようになる。世界が急速に狭くなり、人生の全てが目的のためだけに、鋭角に尖る。そんな思いをして初めて、「蟹」の徽章を手にすることができる。爆弾という人類が生み出した悪魔と対峙する技術者を養成するのである。プロ中のプロとしてやっていける者たちだけを妥協を許さず徹底して選考していくシステムなのだ。
とにかく、イラクでの場面は凄惨だ。IEDが炸裂した後で現場に駆けつける。彼らの任務はただ爆発物を処理するだけではない。爆発事件の現場に駆けつけ、爆発物の破片などを押収し証拠品をバクダットに送ることも任務に含まれている。テロリストの身元を判明させたり、爆弾の種類などを特定し、今後の捜査に生かすために。つまり彼らの作業の多くは、自爆したテロリストの弾け飛んだ死体、被害者のバラバラの肉片を血と泥に踵までつかりながら、さらい続ける事なのだ。
ある現場では「クソ」の臭いが立ち込めていた。周りを探すと、爆弾で吹き飛んだイラク人警官の腸がきれいな形で道路に転がっていたという。ある現場では半分が赤くそまり、半分が黒く焼けた、頭が転がっている。足がちぎれ、腕が転がり、内臓が屋根や木にぶら下がる。そんな任務がいつ絶えることなく続く。
周りに群がるイラク人の好奇、蔑み、怒りに満ちた視線。群衆の中で泣き叫ぶ被害者の親族と思われる女性達の慟哭が著者の中に怒りとしてたまる。著者は民間人に向けて、ライフルを発射し、叫ぶ女性や憎しみの眼差しを向ける少年を殺したい衝動に駆られ続ける。
私が以前にレビューした、『レックス』という軍用犬の本でも書かれていたのだが、IEDを発見、解体する軍用犬部隊やEODはテロリストにとってはもっとも憎むべき敵であり、彼らのゲームに直に挑戦するものたちだ。テロリストは彼らを殺そうと、爆弾を餌にして、駆けつけたEODに狙撃を加え、巧妙に隠したもうひとつ爆弾で彼らを殺そうとする。著者の親友もその手口で殺された。
著者の妻は、夫がイラクに派兵されることになった際に、祖母に相談したという。彼がいない間、どのようにすればよいのか。彼が生還した際にはどのようにしてあげればよいのかを。祖母の夫は第二次世界大戦に出征していた。祖母の答えは、男たちはみんな戦争に殺される。というものだった。たとえ生還しても、家で戦争に殺される。妻を巻き込みながらだ。祖母の言葉は的中する。
帰国した著者は二年間を何事もなく過ごした。戦場の現実とあまりにもかけ離れた、豊かなアメリカに違和感を覚えながらも。しかし、あるときそれは来た。著者は狂った。鼓動が早くなり、瞼がぴくぴくと痙攣し、胸が風船のように膨らむ。恐怖や怒りが抑えられなくなり、頭からは蜘蛛が這い出る。道行く人をどのように殺すか頭の中でシミュレーションし、記憶が抜け落ちる。著者は狂った感覚を抑え込むため毎日、体が悲鳴を上げるまで走る。笑わなくなった著者に苦しむ妻。家庭は急速に崩壊していく。
著者はPTSDと爆風による外傷性脳損傷(TBI)を患う。TBIは近年発見された病気だ。それはセルビアやボスニアの医師や研究者によって発見された。近代戦が生んだ病。医療の発達と兵士の防具装備の能力向上が生んだ病だ。近年では近距離で爆弾が爆発しても死を免れるようになった。しかし、体は無事でも爆発の衝撃は脳を破壊する。爆発物処理班として毎日、時には一日何回も爆発の衝撃波を浴び続けた著者の脳は間違いなく損傷をうけていた。
本書はイラクの場面と帰国後の狂った場面とが交互に記されている。戦場の狂気。戦争によって狂わされた人生の狂気が、浜辺に押し寄せる波のごとく、代わる代わる読者に迫りくる。どちらにも共通するのは怒りだ。その怒りは誰に向けられているのだろうか。自分自身に、国家に、戦争に、テロリストに、イラク人に、そして戦争をしていながら、それを遠い世界に押し込んで無関心を決め込むアメリカ人に向けられているのだろうか。どれも違うような気もするし、その全てのような気もする。
ただ怒りは伝染する。ブライアンの狂気に満ちた怒りは読者の心にも言いようのない怒りを植え付ける。脳の奥底、そして魂の宿るハートの中心に。この怒りは戦場からもたらされた。そして、世界に伝染する。活字を通して。時には映像を通して。それが戦争だと本書は語っている。男たちはみんな戦争に殺される。それが戦争なのだと語っている。
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:EODの活動
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