『承 井上雄彦 pepita2』受け継ぐもの

2013年12月27日 印刷向け表示
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承 井上雄彦 pepita2

作者:井上雄彦
出版社:日経BP社
発売日:2013-09-26
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『スラムダンク』でお馴染みの漫画家、井上雄彦氏が日本の伝統行事である「遷宮」行事を通じて人々が体験した、先祖または神から受け継いできた歴史を、筆絵とエッセイで解き明かした一冊だ。

 

また本書には、神宮司庁の河合真如広報室長、出雲大社の千家和比古権宮司、式年遷宮で総棟梁を務めた宮間熊男棟梁、建築家の藤森照信教授との対談も収められている。

 

絵描き(職人)だからか、著者の言葉は素朴であり、哲学的とか、精神論的にどうだこうだという話にはならずに、淡々と語られている。純化した文章を読み進めると、太古から日本人が共有してきたものを自分も宿しているのだと少しずつ知るようになる。ひとつひとつの言葉からというよりも、本書全体を通じてそうだと感じた。

 

2011年に刊行した前書『pepita』では、建築家アントニ・ガウディの人物像に井上雄彦氏が迫る内容だった。あとがきで著者は「何かを創るときの源は、まだ見ぬどこか遠くへ探しに行かなくても、そこかしこにあるはずだ」と語っていた。今回の伊勢神宮取材をもって、著者は日本の原点を探し求めたのだろうか。

 

ページの合間には瑞々しい稲穂や、まさに神が宿っているかのような木々の写真とともに、著者の筆づかいが見られる。本書を眺めていると、時間がふと止まる瞬間がある。いつの時代だろうか、遠くなつかしい感覚になるのが心地良い。

 

本書には、式年遷宮のお白石行事のドキュメンタリーも収録される。お白石行事というのは、「神領民」と呼ばれる人達が神宮前に流れる五十鈴川から拾い上げた白い石を、完成した本殿に納める行事であり、私も今年参加させていただいた。(神への儀式のため、この行事は白装束でないといけない)この体験を通じて、私はお伊勢さん(地元の人は親しみをこめて神宮を「お伊勢さん」と呼ぶ)は、遷宮を通じて永遠を体現していると感じた。

 

すべては循環し、自分の領域ではない大きな流れに組み込まれていることを学ぶ。付属のDVDには取材旅行や対談のルポルタージュ、ドキュメンタリー、墨絵の作画風景と豊富な内容で構成されており、これだけでも観る価値がある。伊勢の遷宮や、墨絵の筆つかい、すずやかな風景とともに、あらゆるものが次につながっていく様子を観ることができる。なんと伊勢神宮は米、野菜、果物から塩にいたるまで神宮内で栽培・収穫している。建物を構成している天然の檜だけは他県から取り寄せているが、現在植林中の檜が成長した暁には、全てが完全な自給自足になる。神宮の広さは5500万㎡だが、これは世田谷区の広さと一緒だ。この大自然の中で生活していれば、「すべては循環している」感覚になりやすいだろう。

 

神道の世界は、特に木に神様が宿るという考え方が多い。そのくらい木を敬い、同時に感謝もしている。西洋では石を尊重し、建築に多用されてきた。石は長い時間が経過しても、自然の変化の影響は受けづらい。だが木は変化し、寿命がある。著者は漫画『バガボンド』の途中から、描く表現に筆を使用するようになった。ペンは全て意のままになるが、それに比べ筆には跳ね/かすれ/滲みなどの偶然性があるのが良いそうだ。人間の力ではどうでもならない、自然の摂理に則った描き方だ。私達日本人は、自然に合わせ変化することを前提として暮らし続けてきたのではないだろうか。

 

著者の育った家は神道だった。家には神棚があり、朝にはお供えする習慣があったせいか、この話自体も、本書の刊行するなりゆきも、まさに著者がなるべくしてなったといえるのではないか。そして著者はこの体験を表した墨絵「承」を神宮に奉納する。

 

私達はよく、神の世界に通じようとする。伊勢に通じる宇治川橋はよくその例にあげられる。だが旅先案内人の神宮司庁広報室長、河合真如氏は、真逆の言葉を発した。

橋を渡って神の世界に行くことも大事だけど、そこから人の世に戻って、世のために何かを生み出していくための橋でもあると思います

おっしゃるとおり。本書もまた、内と外を結ぶ宇治川橋のようである。

 

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『承』発行記念鼎談「宮間熊男+井上雄彦+藤森照信」

式年遷宮特別企画2「神様のお住まいをつくる」

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内藤順によるレビューはこちら

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ライフネット出口治明によるレビューはこちら、高村和久によるレビューはこちら

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