これは、おもしろい。読み始めた瞬間に、そう思った。良書には、いくつかの必要条件があるが、中でも「おもしろいこと」は、とても大切な要件である。第一、おもしろくないものを、誰が好き好んで読むだろうか。
この本は、天児屋命(あめのこやねのみこと。春日権現。天孫降臨時に随伴)を祖先神(自称)とする京都の吉田山に鎮座する、吉田神社の400年の歴史を綴ったものである。しかし、それだけではない。山あり谷ありの吉田家の歴史をタテ系に、時の権力者、即ち、足利義満や豊臣秀吉、徳川家康や水戸黄門、徳川綱吉などの思惑をヨコ系にして、融通無碍に織りなしてある物語だからこそ、おもしろいのである。伊勢神宮や仏教界との相克、神様とオカネの関係など、突っ込みどころも満載である。
神道という言葉がタイトルに付されているだけで、ともすれば、我々は読む前に、身構えてしまう。しかし、まず各章のタイトルをご覧あれ。「天下人と天上の神」「神使い」「零落と再興」「鍍金と正金」「神と葵」。これだけでも中に何が書かれているか、わくわくするではないか。
しかも、本文には、巧みに、現代の京言葉が散りばめられていたりするのである。吉田神社は、母校の隣にあり、最初の下宿先は吉田山を越えたところにあった。毎日、通り過ぎていた吉田神社・吉田家にこんなにおもしろい物語が秘められていたとは。
書の末尾の方に、以下の記述がある。「江戸時代の人たちは、天皇を意識することはほとんどなかっただろうが、そこにつながるための端末は、江戸時代の神社を通じて、確実に各地に埋め込まれていた。そして、明治維新によって、電源が入り、端末が作動した」。そう、吉田家と神道は、明治国家をも準備したのである。詳しくは、本書を一読してください。
出口 治明
ライフネット生命保険 代表取締役会長兼CEO。詳しくはこちら。
*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。