著者の主張には、正直言って、多少の違和感を覚える。例えば、著者は政治的な立ち位置を左のように図示する(p.89)が、私見では、むしろ下のように整理したいところだ。
何れにせよ、僕は、バークやトクヴィルに最も親近感を覚えるので、進歩的な著者とは違って、恐らく心性は「保守」的なのだろう。しかし、政治的立場の違いにもかかわらず、この本は、とりわけ若い世代には、ぜひとも読んでほしいと思う。何故か?それは、本書が、わが国の政治状況を俯瞰して、漏れなく、かつ「整合的」に整理した政治の全体像を、かなり骨太に提示してくれるからだ。要するに、本書は、よくありがちな「木を見て森を見ず」の類ではなく、森の姿(政治の骨格)をしっかりと見せてくれるのだ。
本書は、2部6章に分かれている。しかし、その前に「はじめに」の章で、戦後のわが国社会の総括がコンパクトにまとめられている。第1部は「知る」。まさに、世界(真実)を知ることが力であり、世の中を良くする武器である。4章に分けて、政治・市場・共同体の違いや、多数決の意味、人間の本性や理想と現実、言葉の重要性、自由と平等、グローバル化時代におけるステートとネーションに至るまで、今日の政治の骨格を形作っている重要な概念や要素が過不足なく、かつ互いに関連付けて(整合性という意味で、この点が極めて重要なのだ)提示される。第1部は、政治をトータルに理解するためのインプットである。
しかし、人間はいくらインプットしたところで、何も行動しなければ世界を変えていくことはできない。そこで、第2部は、「動く」である。2章に分けて、民主政治の仕組み、議会、政党、官僚、私益と公益、中間団体の重要性等が指摘されると共に、目の前の不条理と戦うことの重要性がアジテートされる。インプットはアウトプット(行動)を行うための、いわば燃料なのだ。
また、バクラックとバラツは、「権力の2つの顔」という論文の中で、表無台で政策決定を行う権力(権力B)と並んで、問題設定そのものを規定するもう一つの権力(権力A)が働いていることを指摘したが、この点は極めて重要だと考える。まず、戦う土俵を設定することが勝負を左右することは、何も政治に限った話ではないが。
巻末には、文献一覧に加えて、読書・映画案内が付いている。「政治を理解するためには、政治そのものを論じた学術的な本よりも、人間の生や歴史を描いた様々な作品の方が役立つものである」。その言や良し、である。例えば、僕もリーダーシップを論じた凡百のビジネス書よりは、映画ロード・オブ・ザ・リングの方が、遥かに役立つのではないかと思っているのだから。
本書の最後は、魯迅の小説を借りて、こう結ばれる。
「希望とは本来あるとも言えないし、ないとも言えない。これはちょうど地上の道のようなもの、実は地上に本来道はないが、歩く人が多くなるほど、道ができるのだ。」
この著者の楽観主義ほど、現代において貴重なものはない、と考える。次の世代を担う若い皆さんに、ぜひとも読んでほしいと願う所以である。
出口 治明
ライフネット生命保険 CEO兼代表取締役会長。詳しくはこちら。
*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。