いまでは永遠のライバルと目されているアップルとグーグル。新製品の開発競争や販売の主導権争いだけでなく、世界各国の法廷でもモトローラやサムソン電子などの第三者も巻き込みながら、熾烈な闘争を続けている。もはや伝統的な企業競争から、両陣営の感情的な果たし合いに推移しているように見える。
しかし、この両社はつい5年前まで「世界をマイクロソフトから守る企業連合」だったのだ。グーグルは検索連動型広告業者だったし、アップルは情報機器開発販売会社だった。アップルの創業者スティーブ・ジョブズは、みずから若いグーグル創業者たちの後見人を任じていたし、シリコンバレーの守護神、元副大統領のアル・ゴアはグーグルの顧問でアップルの取締役でもあった。評者が身を置いていたマイクロソフトこそが、ひとり憎まれ役を買ってでていたのだ。
2007年1月9日、アップルはこれからの世界を一変することになるiPhoneを発売した。本書によれば「細部にこだわり、最高の機器——形状と機能の完全な融合——を厳しく追求するジョブズ」の最高傑作だった。アップルの株価は1年で2倍になった。しかし、なんとそのわずか1年半後、グーグルはiPhoneと完全に競合するアンドロイドを発表するのだ。インテル、モトローラ、NTTドコモ、サムソン電子など33社を引き連れての参戦だった。2011年10月5日に56歳の若さで亡くなったジョブズは激怒し、以来、両陣営はただ事ではない状態に陥ったのである。
本書はこの両社の確執と内部事情、巻き込まれた同業者と消費者、そして何よりもイノベーションを生み続けるシリコンバレー全体の実像を、激動の2007年から2013年まで精密に取材した「歴史書」である。6年間というごく短い期間であり、スマートフォンという偏った業界についての本であるにも関わらず、歴史書と評したには理由がある。まさに歴史は繰り返すからであり、「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」という言葉を思い出したからだ。
たしかに、IT業界はIC(集積回路)の発明以来、選ばれし2社の対立構造で発展してきた。PC用CPUにおけるインテルとモトローラ、初期のOSにおけるマイクロソフトとデジタルリサーチ、そしてスマートフォンのアップルとグーグルだ。それぞれ激しい競争があり、どちらか1社が生き残るものの、その1社が勝ち取ったプラットフォームの上で、まったく別の2社が競合をはじめ、新しいサービスや製品を生み出すという構造だ。
とするならば、これから生まれるであろうスマフォを使った新しい商品や、SNSの先にあるサービスも、いま世界のどこかで生まれた2社が担うことになるかもしれない。嬉しいことにやっと日本でも、LINEという世界に通用するサービスが生み出された。ソニーは重厚な映画制作からスマフォでも見ることができるテレビ番組制作へと舵を切り始めたらしい。次の世代で日本企業が活躍するためにも、本書のような「歴史書」が日本でもっと読まれるべきであろう。
それにしても、ここ数年の両社の動きには激しいものがある。法廷闘争だけでなく、iPadやNexusなどのタブレット開発競争、メディアやコンテンツ産業を巻き込んだ主導権争い。それらに関わる人々の執念とテクニックについて、本書ではそれぞれに章を割り当てる。それゆえに経験値を高める経営書としても読むことができるはずだ。
たとえば、知的財産を狙ってくる企業を遠ざけるのではなく、むしろ競合企業を餌食にするというような、冷戦時代の米ソにも共通する軍事的均衡という考え方が必要だという記述には唸ってしまう。日本企業は気を引き締めるべきであろう。
とはいえ、20年間この世界に身を置いていた筆者としては、本書の中から何万人という姿の見えざる技術者たちの血のにじむような努力も読み取ってほしいと願っている。素晴らしい製品は膨大な労力をもってしか生まれないのだ。いまの日本に必要なのは、意外にもみんなが「努力すること」なのかもしれない。
(「波」2014年1月号より転載)