まるで歴史ドキュメンタリー番組を観ていたかのような読後感を味わえる一冊だ。
本書は、歴史上、ロシア・カナダ・アメリカなど極寒の世界に人々が「何」を求めて遠征していき、「何」を売り買いすることで世界経済と繋がっていったのかをおう歴史書である。歴史書といってももちろん学校で習うような事実の羅列とは全く違う。本書を読んでいると、学校で暗記した地域や年代別の世界史が一つの視点を主軸として繋がりあっていくような感覚を味わえる、そんな一冊だ。
著者は、歴史を事実の羅列ではなく、面白い視点から分かりやすく解説することで定評のある宮崎正勝氏。著者の歴史観の特徴は、「文明」「民族」「国家」など従来学校で教えられる切り口ではなく、世界の社会経済がどのように繋がっていたかという「ネットワーク」という切り口から歴史を捉える点である。本書でも、世界史の周縁の北方世界が、イスラムやヨーロッパなど世界史の中心となる文明と「何」を介して繋がっていったのかを主軸に世界史を編集する。
意外にも、北方世界と世界史の中心を結び付けた重要な商品(上で言うところの「何」)とは、クロテンやビーバーやラッコといったなんとも愛らしい動物たち。一瞬おやっとなるが、彼らを世界史の舞台に押し上げたのはその可愛らしさではなく、奢侈品としての毛皮である。世界史を主導した文明が集まるユーラシアの乾燥地帯では良質な毛皮の自給が不可能であり、北方森林地帯の毛皮に羨望の眼差しが集まっていた。
この飽くなき需要を満たすために活躍したのが、スウェーデン系バイキング、ロシア人、フランス・イギリス出身の漁民たちからなる毛皮商人である。彼らは時の権力者や富裕層が渇望する毛皮を求めに、未開拓地である北方世界に足を踏み入れていく。本書では、ロシアやカナダなど北方世界が毛皮交易を中心として開発されていく過程が描かれている。
教科書にあまり載らない歴史を追うのも楽しいが、更に面白いのは毛皮交易の歴史の主人公である商人たちの生き様だ。これら商人たちは、未開の地で力強く、時にずる賢く、また残酷に、毛皮交易という全世界を股にかけるビジネスを展開していく。紹介されているのは、一癖も二癖もありそうな人物ばかりだが、個性的で情熱的な商人で、どこか愛着が湧いてくる。
毛皮交易と言っても、商人の出自や国柄によってビジネスモデルはてんでバラバラで、現地拠点を築いて自ら狩猟するもの、原住民との物々交換をとおして毛皮を取得するもの、原住民から税金として搾取するものなどいて興味深い。
ところで、当時の文明世界に良質な毛皮を供給したのは、シベリア、西カナダ、アラスカなど、現代社会では石油・ガス資源が大量に賦存されていると言われている地域である。文明人たちの飽くなき欲望を満たしていた上質な毛皮は今では石油・ガスに代わっている。歴史は繰り返すと言うが、現代社会にて全く同じ事が同じ場所で繰り返されている。過去の歴史から何を学ぶのか、著者が突きつけている裏の課題のような気がしてならない。
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「風」という切り口で世界史の出来事を結びつけていく。なかなか読み応えのある同じ著者の作品。『風が変えた世界史』
世界史をかたちづくる人物は魅力的だ。ヴァスコ・ダ・ガマも魅力的な人の一人。『ヴァスコ・ダ・ガマの「聖戦」』 書評はこちらとこちら。