『「流域地図」の作り方』 地球を活き活きとさせる方法

2013年12月3日 印刷向け表示
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「流域地図」の作り方: 川から地球を考える (ちくまプリマー新書)

作者:岸 由二
出版社:筑摩書房
発売日:2013-11-05
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この春、息子の通う学校の学習発表会で印象的な発表を見た。テーマは「日本列島」。子どもたちはまず、日本の形といくつかの脊梁山脈について説明し、そのあとこんなふう続けた。

「雨が降り、川となります。たくさんの川が張り巡らされ、それが日本列島を活き活きとさせています」

そして子どもたちの説明は、農耕や各地の習俗や文化の話へと続いていったのだが、それらは、凹凸で構成された日本列島のベースレイヤーに、水系、農業、習俗、物流などのレイヤーを次々に重ねていくようで、目から鱗だった。都市化が進んで河川を中心としたモノ(自然のものや生き物も人工物も文化も含む)の流れは過去のものとなったわけではなく、目につかない深いレイヤーとなって今なお厳然とある。現代的なファッションに身を包んだところで、体内では血液がいつでも流れているように。

本書はそんなことを強くかつ明確に意識させられる一冊だ。

地球という生命圏のリアルな姿をすっかり忘れた産業文明の私たちが、大地の凸凹と循環する水とにぎわう生きものたちでできている生命圏を再発見し、その危機に足元から付き合いなおし、温暖化や生物多様性危機で大変貌していく地球に再適応していくために必要な足元の大地の凹凸世界を再獲得するための入門書。

著者はこの本についてこう説明する。

こんなふうに言われるとちょっと身構えてしまいそうだが、その内容は極めて実践的だ。まずは地図を広げ、自分の住んでいる場所近くの川を探す。近所の川をみつけたらその源流と河口を探す。その川が別の川に注いでいたら、その川は「支流」ということになる。さらに「近所の川」が注ぎ込んだ先の、より大きな川の源流と河口を探すと、また別の川に注いでいる場合もある。そうなると、「近所の川」は支流の支流だ。そうやって辿って行くと、大きな本流といくつもの支流が作り出す「水系」がわかる。この水系をもとに地図を作るのだ。

まずyahoo!地図で自分の住んでいる地域を選び、水域図(地図の右上をクリックして選択できる)を表示させる。これを印刷してもいいのだが、4×3印刷を使えば、A4用紙をつなぎあわせて作る巨大な地図をプリントアウトすることができる。

そうやって作った大きな地図を目の前にすると、「流域」という不可分の生命圏のなかの自分の居場所がわかる。なにしろこの流域を使って「自然の住所」まで表示できてしまうのだ。例えば著者の慶応大学の研究室は「日本列島・本州島・関東平野・多摩三浦丘陵郡・鶴見川流域・矢上川支流流域・松野川小流域・まむし谷流域・一の谷北の肩」。行政区分の住所と違い、「自分がいまどういう大地のデコボコの上にいるのかを強く感じられる」と著者は言う。

この「流域住所」で見れば、町田市の鶴川や川崎市の新百合ヶ丘あたりも同じ「鶴見川流域」で、遠くにありつつも実は慶応大学の矢上の研究室と「ご近所」だ。かつては同じエネルギー源を使い、同じ物流ルートに依存し、また今もなお同じ生態系に属し、水害など災害における深い関連を持つ。例えば水源近くの町田あたりで大規模な宅地開発を行えば、横浜の下流域では洪水が頻発する可能性がある。

だから著者は環境防災対策を行政区分で行うことに異を唱える。東京都町田市と神奈川県横浜市がまったく別個に災害対策をしても意味がないということだ。また、生命圏としての流域全体を意識せず、行政区分単位で行う「里山保全」にも批判的だ。

地球温暖化、豪雨による巨大災害の頻発、6500万年前の白亜紀大絶滅を超える速度で進むともいわれる生態系崩壊(本書によれば1日約100種の生物が絶滅していくと危惧されている)などに立ち向かうために、「流域」という考えは極めて有効である。

とはいえ、著者が本書で伝えようとしているのはより根源的かつ具体的なことである。まず実際に流域地図を作る。そして実際のその流域を歩き、その活き活きとした生命圏を肌で感じる。そうすることで「大地に対する感覚を取り戻すこと」、それこそが著者が言う「流域思考」の原点であり、若者たちに伝えたかったことなのだ(本書は若い世代向けの「ちくまプリマー新書」から出ている)。

本書には、著者らが30年にわたって保全活動に取り組んできた三浦半島の小網代が紹介されている。水源の森から湿地、干潟まで、「浦の川」という小さな川の完結した流域がまるごと自然のまま残された場所である。この場所を象徴するのがアカテガニだ。森で暮らし、干潟で産卵し、幼生は海で生きる。浦の川流域のどこかが分断されれば命をつなぐことができない生きもの。逆に彼らを守ることができれば、流域の生命圏は守られる。

小網代の森は14年の春の一般公開を目指しているそうだ。来春、アカテガニが歩きまわる、ささやかな奇跡のような小網代の森を歩くことで、大地に対する感覚を取り戻してみたいと思っている。

わずか150ページほどのささやかな本。だが、『センス・オブ・ワンダー』も『星の王子様』もとても短い作品だった。本書もまた、この2冊と同様、体の芯にずっと残り、世界の見方が変わる本だと思う。

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足もとの自然から始めよう

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奇跡の自然―三浦半島小網代の谷を「流域思考」で守る

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