好むと好まざるとにかかわらず、職業はその人の考え方に大きな影響をおよぼすものだ。私が生業とする科学者とて例外ではない。
まず、科学者は考え方が厳密である。悪いことではないが、一般の人から見ると、融通が利かない感があるに違いない。しかし、この厳密性のイメージがあるからこそ『科学』という名がタイトルにつけば、その本に正しそうな雰囲気をもたらしてくれる。
もうひとつの特徴として、よくいえば批判的、わるくいえば疑い深い、ということがある。他人の言うことを素直にハイハイと聞いているばかりでは、オリジナルな研究などできはしない。常に、『ちゃうんちゃうか(=ちがうのとちがいますか)精神』で臨まなければならないのである。
というような、いささかいやらしい科学者気質で、『その科学があなたを変える』を読んでみた。結論としては◎。よろしい。『科学』と名乗ることを許してあげましょう。って、お前にそんな権利があるのかと言われると困ってしまうのではあるが……。
19世紀の後半、ウィリアム・ジェームズという心理学者がいた。この人の考え方をひとことでいうと「幸せになるには、幸せであるかのように行動すればいい」ということである。この本、幸せだけではなくて、いろいろなことについて、「○○になるには、○○であるかのように行動すればいい」という『アズイフ as if』の法則がいかに多くのことに当てはまるか、いかに正しいか、を説いていく。
「自分は強いと思えば苦痛や不安が遠ざかる」「やる気があるかのように行動して、本当にやる気になる」「自分の性格までもアズイフの法則で変えられる」など、ちょいとあやしげな文章が目次に並んでいる。疑い深き科学者として、まずは読む前に、そんな逆向きの因果関係はおかしいやろっ、と、つっこんでしまっていたことを正直に告白しておく。
しかし、読み進めるうち、徐々に説得されていった。第1の理由は、その実証性である。当然のことながら、科学というのはエビデンスに支えられてこそのものだ。この本、巻末に膨大な原著論文リストがつけられている。それらの良質な学術論文をわかりやすく解説しながら、圧倒的な説得力を持って、これでもかこれでもかとぐいぐい迫ってくる。
それだけではない。いきなり、ページを破りなさい、とか、本に書き込みをしなさい、とか、いろいろなことを注文してくる。そして、それらの行為について解説しながら、どや、いかにアズイフの法則が正しいかがわかってきたやろっ、と、強烈に主張してくるのである。
悲しいかな、やってみないとわからんやろう精神、というのも科学者の性のひとつである。うさんくさいなぁ、と思いながらも、読み進め、指示に従っていった。そうするうちに、猜疑心はうすれ、だんだんと納得させられていってしまった。
ある方向に変わりたいと念じたところで、簡単に変われたりはしない。しかし、アズイフの法則が教えるのは、まるでそう変わったかのようにふるまっているだけで、その方向へ変わっていける、ということなのだ。じつにたやすいことではないか。
ここまで言っても、そんな法則なんかおかしいと思われる方も多いだろう。しかし、少しでも自分を変えたい気持ちがあるならば、この本を読んでみることをお勧めする。アズイフの法則をあてはめると、たとえ信じていなくても、信じているかのように行動する、そう、この本を買って読み始める、それだけで、この法則を活用できるようになっていくはずだから。
<文藝春秋『本の話』から転載>
同じ著者による、いろいろな『自己啓発』法を検証した本。この本もやはり膨大な実証的文献に支えられています。