悩みに悩んだあげく、ついにソニーのデジタルスチルカメラDSC-RX1Rを買ってしまった。なんと20万円超えのコンデジである。しかし、ここ数年間で買ったあらゆるものの中でもっとも満足度が高く、2日間続けて枕元において一緒に寝る始末。生まれて初めてライカを買った時よりも興奮するとは夢にも思わなかった。
簡単に撮った画像がスゴイのだ。肉眼では見えなかったものを写し撮る。スナップでこれほどのものが撮れるとは完全に想定外だった。カメラ全体の硬質感、可動部の統一がとれたしっかり感が素晴らしく、見ていても美しい。
という具合にカメラは単なる機械ではなく、マニア愛の対象でもあるのだ。弘法は筆を選ばずというが、それは日本人最高にして不世出の天才である弘法さまだからで、生身の人間は道具を選ぶものである。プロも例外ではないというのが判るのは本書だ。
本書はアンリ・カルティエ=ブレッソンやロバート・キャパ、木村伊兵衛や土門拳など、フィルム時代に活躍したプロカメラマンたちの横顔と彼らが使っていたカメラについての記事をまとめたものだ。月刊「カメラマン』に全60回で連載されていたというのだが、カメラ雑誌を買わないので知らなかった。書店のカメラ雑誌コーナーはどうも辛気臭いのだ。
最初に登場するのはウィージーという1940年代を中心に活躍していたニューヨークの報道カメラマン。彼は警察無線を傍受する無線機とカメラを手にニューヨーク中を走り回っていた。当時は新聞用のスクープ写真だったが、いまでは美術鑑賞に耐える作品になっている。ネット上で公開されている作品集はこちら。
その彼が使っていたのはスピードグラフィックスというカメラだった。(ウィージーはのちにハッセルブラッドなども使っている)このカメラは4X5というタイプのフィルムを使うカメラだった。デジカメが普及する直前までのフィルムカメラは35mmX24mmという撮影サイズだが、4X5とはインチなので101.6mmX127.0mmというとんでもなく大きいフィルムを使っていた。フィルム自体がデジカメよりでかい。
本書ではこのスピードグラフィックスというカメラについての薀蓄をイラストや写真を交えて見開き2ページで展開。マニアにとってはじつに読み応えのある記事に仕上がっている。単に機械としてのカメラの薀蓄だけでなく、報道写真においてライバル社のカメラマンが持つカメラのレンズにつばを付けておいて、ピンぼけにさせるなどという当時のテクニックなども紹介されている。一眼レフじゃない時代だから成立した逸話だ。
まあ、ともかくこんな感じで60人。本書はプロのカメラマニアによるアマチュアのカメラマニアのための大型本だ。購入者の平均年令は60歳位であろうか。もし、この本が面白いを思う20代のカメラマンがいるのなら、それはおおいに見込みのある写真家である。絵画などにくらべ写真の歴史は浅く、カメラの技術はまさに秒進分歩で進むため、過去の技術を振り返るカメラマンは多くない。しかし、絵画や彫刻、工芸でもそうなように、洋の東西を問わず優れた芸術家は必ず過去の技法などを学び、そこから新しい芸術を生むのだ。その意味でこの本は非常に価値の高いものだと判断する。まあ、好きなだけなんだけどね。