本書を発見し手にとると、帯にはこう書いてあった。
「路上観察眼をもつ建築家・藤森センセイと平成の絵師・山口画伯の対談&エッセイ漫画」
あ、コレ買うなと思った瞬間である。
本の購入には「ジャケ買い」ならぬ、この本絶対面白い!と確信する瞬間があるはずだ。
それは著者だったり、装丁だったりもするが、それ以上にビビっとくる直観だったりする。
ちなみに本書は昨日(8/6)に購入したばかりである。翌日にレビューを書いているのは一気に読んで面白かったからである。レビューの公開スピードが命でもあるHONZの面目躍如となっていることも伝えたい。オホン。
脱線してしまったが、本題に入ろう。そもそも著者の藤森センセイとは建築家・藤森照信氏であり、建築探偵団として名高い。有名な所では茶室「空飛ぶ泥舟」などで国内外に知られる建築界きっての指南役である。対する聞き手の山口晃氏は現代美術家、ここ最近では『ヘンな日本美術史』を著し、画家ならではの視点で日本美術の魅力をくまなく伝えてくれた。このユニークな御二方が、法隆寺から茶室待庵、最古の能舞台・西本願寺など日本各地の名建築13件を訪れ、建築の魅力を語り合うのだから面白いに決まっている。
もちろんメインとして、眼のつけどころが違う二人が織りなす対談が売りなのだが、注目すべきは二人の絡みが本気でユルいのだ。基本的に藤森センセイはスタスタと観るべきポイントを決めていく。だが興味のないつくりには、ほぼ素通りだ。松本城については、石垣から鉄砲穴の覗き穴にぴたりと止まったかと思えば「(鉄砲で)敵兵士を狙う時、弾がおっこちないのかねハハハ」と妄想は暴走するばかり。本当に興味のある部分しか解説しないので、脱線上等なのである。そうかと思えば、山口画伯が見事な風合いだ!と語る石を「それ最近補強したコンクリだよ」とバッサリ切り捨てたりする。景観を損ねる周囲の建築には、「壊せっていってるんだけどな」とブツブツ漏らし、無用な松があれば、「切ってしまえ!」と言い放つ。
その度に「ガーン!」と山口画伯の肝が冷えるのは、画伯の『すずしろ日記』を知る人なら容易に想像できるだろう。だが画伯は聞き手兼ツッコミ役としての手腕を発揮する。その様子を絵で表現し挿入しているのだが、絶妙なその場の空気が描き出されており、私みたいに建築に通じていない人でも興味をそそられること請け合いなのである。
画:新井文月
ちなみに藤森センセイにも絵心がある。建築物の基本単位に身体尺を用いる説明にはレオナルド・ダ・ヴィンチを例にあげ、そもそも絵画はルネサンス以降にフレームに納めるようになったと、それ以前は教会の壁や天井に描くのが主流だった、など建築に美術史を交えて解説してくれる。
もちろん山口画伯の作品についても、以前は利休や法隆寺を題材にしている事も承知の上である。「山口さんの絵って結構メカニックに描いてあるよね。メカの絵って空想的な絵にリアリティーを与えるの。宮崎駿さんや画家の安野光雅さんもそう」と、建築と美術を切り分けずに話することができるのだ。内容は深いのだが、これなら建築本初心者の私でさえ、ぐっと身近な入門書として読めてくる。
そんな教養と雑談を交じえ繰り広げられる二人の掛け合いは、基本的に愉快で講義っぽくはない。ユルさは本書の構成にも表れており、13の建築どこから読んでもOKかつプチコラムもある。しかしながら「檜は1300年経過しても使える素材、松ヤニの保護剤としての役割もある」など専門的ながらも平易な言葉でもって、本書から得られる叡知は計り知れない。そして何より、歴史的建造物に直面し、はしゃぐ二人の素直な感想が微笑ましい。「おちつくねー。いやーよかったねー」と二人の安堵は、読んでいるこちらまでほっこりする。
寺社や城など敷居が高いかと思っていた伝統建築だが、魅力を語り合う二人の珍道中を読んでいると、まだこんなにも日本には魅力的な場所があったのかと訪れたくなる。
本書を見た瞬間の、やはり最初の直観は正しかったのである。
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絵描きの視点だからこそ見えてくる見解が非常に説得力がある一冊。美術書なのに読みやすい。
なぜ展覧会で金箔はしゃがんで鑑賞したほうがよいのかの回答も。レビューはこちら
画伯によるユルいエッセイにどっぷり浸かりたい方へ。
建築探偵団・藤森照信が近代日本建築を歴史にそって紐解く。読まねば!!
HONZでも無類の建築好きな仲野徹によるレビューはこちら