タイトルに「ヘンな」とあるように、ちょっと変わった美術本だ。
アートに興味を持つ人ならば、表紙でピンとくるかもしれない。帯の上を眺めると、絵師であろう様々なおじさん達が絵を描いているが、タッチが柔らかいせいか、みんな楽しそうで宴会のようにも見える。なんだか最初から力が抜けている。その奥でムム!っと唸っている男性がひとり。本書の著者である。
著者は画家の山口晃。抜群のデッサン力を持ち合わせながら、大和絵や浮世絵を思わせる伝統的手法を取り入れ、暴走族やロボットなども登場し画面上に時空を混在させ、人物や建築物を緻密に描き込む作風で知られる。また現代の日本を思わぬ角度から俯瞰し、ユニークに風刺する作品もあり、独自の世界観は世界からも注目される画伯である。
ところで最近、美術本のコーナーを漁っていると西洋絵画の見方を解説した本が多く出版されている。本書は日本国内の絵画に焦点をあてつつも、内容は脱力系であるから他とはどうやら一線を画する存在であるように思えた。どうやら筆者本人もそのつもりらしく、本書について「ピーナッツを食べながら楽しんで下さい」と京都で開催されたトークショーでは語っていたそうだ。
本書で紹介している変な絵は、鳥獣戯画もあるが素人に描かせたようなユルい絵も多数ある。著者の語る言葉は終始柔らかで、美術本に珍しく気楽に読めてしまう。しかし絵描きの視点だからこそ見えてくる見解が非常に説得力があり、その都度感心してしまう。
一言でユルい、といっても単純ではない。著者はイラストレーション系の雑誌で審査をしたことがあるそうだ。プロのイラストレーターを目指す人達が投稿する作品を見て、こう語っている。
“こう申しては失礼ですが、わざとらしい個性、ニュアンスを出したようなものが多いのです。伸び伸びと描きましたと云う雰囲気を出しつつ、その実まったく伸び伸び描いていない”
現代の絵描きでも、芸大美大を出て石膏デッサンなり静物画が描けると言うと、ふざけた絵を描いても「本当はちゃんと描けるんだ」という、見る人を安心させる言い訳になる。だが紹介されている絵、松姫物語絵巻など見ると、本当にヘタなのだ。思わず「うわ!ヘタっぴ!」と、笑えてしまう。
何故、日本の絵がユルい方に向かうかというと、私達日本人は次元を混在してしまう見方をしているからだという。一方、西洋人は普通の人でもパース(遠近感覚)が身についているので絵を描かせると写実的になっていく。
幕末、ある西洋人が日本人の描いた似顔絵を見て尋ねたそうだ。
「なぜ、横顔を描いているのに目は正面を向いているのか?」
その日本人は答えた。
「本当だ。今まで気づかなかった」
日本人は大きさや色、形、それが在る座、主客を含めて違う次元のものでぎりぎりのバランスをとることに長けているという。
“逆に西洋的なシンメトリカルな庭や道具を見ても、技術的なものがいくら高度であっても、どこか洗練されていないというか、鈍重な印象を受けてしまう”
日本人は抜群に「はずし」の妙が上手く、見えない中心軸を捉える。へたっぴな絵でも、そのマイナス点をうまく画面にはめこみ、絵画にしか出せない「味」にするのが得意だという。良い筆、良い紙、良い絵の具を使いながら、肝心な最後は素人に絵を描かせる感覚だ。
こういった、ナッツも進みそうな解説をふまえると、雪舟の絵は感動的に見えてくる。
著者が言う「骨と肉」の関係性で見れば、この絵の素晴らしさが理解できる。キーワードである「骨」でもって雪舟は画面を構成しているが、本書の解説をもってこの絵を眺めると本当に感動してしまう。
“それはもう絶望的に的確なのです”
気になる方は第二章をチェックして下さい。とにかく紹介していく話が面白い。かと思いきや、著者がファンである川鍋暁斎の蛙たちを描いたものには、形象と線の妙味に
“美味しい!可愛い!格好いい!”
何がなんだか、ジャニーズファンのピュアな女子を彷彿させる、気持ちだけは伝わってくるコメントがあったりもして、こちらも暖かい感情を抱きながらページが進む。
ちなみに私も大好きな月岡芳年のありえないポーズ「振る」から「ねじる」へと変化していく様子は、著者自ら描いた絵でもって見事に解説している。それが本当に心から楽しんで描いてる、と思わせるタッチで、紙からひしひしと伝わってくる。ご本人が率先して力が抜けているあたりが、なんとも心地いい。
美術史というと難解でとっつきにくい印象はあると思うが、本書は最後まで読み易いからオススメだ。学校の美術時間の教科書もこのくらい楽しく読めればいいのに。日本美術をやわらかく噛み砕いて説明しているので、絵画も気楽に鑑賞できるはず。しかし決して内容まで軽くない。いい感じに力が抜けて読める一冊。
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見応えある山口晃 大画面作品集:
今回のテーマに近いユルいエッセイ すずしろ日記:
「ねじれ」といえばイタリア彫刻からポージングのヒントを得た荒木飛呂彦氏も本書で山口氏と対談している。山口氏は荒木氏に対し、デッサンとして普通は黒がこない部分に黒をのせている、などと矛盾部分を絵にする構成の指摘など高いレベルでの対話が魅力。
———-おまけ『やってみた』———-
本書の中に照明の話がある。屏風の金箔は上からの照明で見ると、背景が暗く沈んでしまうが、著者曰く、屏風というものが置かれた環境を考えた時、横から光を当ててみると、金箔というのは透けて見えるそうだ。昔は天井に照明がないので、基本的に昼は窓から、夜は燭台からの横に入ってくる光の下で見た。
美術館では、しゃがんで見るのが一番です。少し見上げるようにして見て見ると、光の入射角が変わって、途端に金がふわっと明るくなります
そうなの?縦でも横でも同じじゃないのかな、と思ったので実際に金箔を貼って真偽を確かめた。
上からの光
横からの光
確かに透けてみえる!透けすぎなのか、補正した箇所まで浮き彫りに。画伯、疑ってすみません。美術館ではしゃがんで変化を楽しもう。