しんみり味わう 『京のわる口』

2012年11月8日 印刷向け表示
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京のわる口 (平凡社ライブラリー)

京のわる口 (平凡社ライブラリー)

  • 作者: 秦 恒平
  • 出版社: 平凡社

  • 発売日: 2012/10/12

ゆっくりと、余韻に浸りながら読み進めたい一冊だ。本書では、京都出身で太宰治賞の受賞作家でもある著者によって、題名にもある「京のわる口」が一つずつエッセイに綴られている。陰陽で言えば陰、「批判語」というネガティブなテーマであるにもかかわらず、全編、懐かしくも雅な雰囲気が漂う。何とも不思議な一冊だ。

「しょもないヤッちゃな、お前は……」

私の感覚では「ちょっと羽目を外したかな、でもそれもご愛嬌」くらいの気持ちで聞き流してしまうであろうこんな一言も、実は結構な「京のわる口」であるらしい。そこには東京語の「仕様がない」の意味を超えた、「性根」が有る無いとか、「性懲りもない」といった「性(根)がない」の批判もはっきり重なっているという。

「負けてぇな」

と言えば、関西でのお買い物の決まり文句。てっきり、微笑ましい日常のコミュニケーションの常套句かと思っていたが、これも京都人の奥底にある

「勝とう」

「負けとない」

という気持ちの裏返し。だから日ごろの物言いにも、どうかして勝てんまでも負けてないようにと、壮烈に「位」を取る姿勢が出てしまう。京言葉の本性が、そもそもキツーい「位取り」なのだ。

「上手に、もの言わはる」

というのも、京都ならではの物言いのひとつ。「微妙に、ひとつ踏みはずすと誰かが難儀なことになりかねない話を、綱渡りみたいにキワどくすり抜けながら、誰にも迷惑かけずに、しかも旨いこと話を通していく」のが、京都流「うそ」の極意。

そして、「誠心誠意、お互いに、うそと分かっているうそを礼儀よく”つき”合わねばならない。」 穏当にうそをつく、あるいは、上手にうそをつき混ぜるからすべてが穏当になるとでも言おうか。上方で言うところの礼儀とは、そういうものらしい。

『源氏物語』でも、例えば女の寝所に忍び込んだ光君は、めざす女と人違いであったのに呆れながらも、まことに「上手にものを言わはり」まして、人違いのその女といとも優雅に一夜をとも寝してしまう。

自分も恥をかかず、相手の女にも恥をかかせない。当然のように言葉はうそに彩られるのであるが、うそがまことに勝る場合のあるのを、彼も彼女も心得ていて互いにうそを演じ合うのである。それが京の文化であり、みやびな伝統というものであった。

言われてみれば『源氏物語』や『枕草子』も、元々は上方文学である。口語訳で標準語化されてしまっては原文のニュアンスも台無しという場面も数多くあるだろう。京ことばの風情を踏まえてこそ、作品の真の味わいが伝わるというものだ。

「はんなり」して…えぇわぁ…

「わる口」はこのくらいにして、掛け値無しの京の褒め言葉と言えば「はんなり」である。「京都の魅力」も「はんなり」の一言に集約されているのではないだろうか。

著者によれば「はんなり=花あり」。あの役者には「花がある」などとよく言う。「花形」だ。「はなやか」なのだ。世阿弥のいう能の真髄にもこの「花」一字が意味深く咲いている。この「はんなり」の花は、やはり平安朝古代の素質を享けたものだろう。

京都のように久しい政治都市、文化都市、ごく歴史的にながめて貴賎都鄙の集約された市民社会では、まさに「口の利きよう」ひとつが、勝たないまでも負けまいと生き抜くための文字通りの武器であった。

古い伝統のある街には、洋の東西を問わずそれぞれの雰囲気がある。よそ者には「風情」のある良いところが真っ先に目に飛び込んでくるが、そこにはきっと独特の住みにくさがあるのだろうし、そんな住みにくさによってこそ「風情」が醸し出されているように感じる。

たとえばパリ。昨年の秋口に旅行で訪れた折も街行く人のおしゃれが目に留まったが、現地在住の友人に言わせれば、「自己主張と個性が強いお国柄、価値観がバラバラだから、ここじゃ外見くらいでしか人の良し悪しが判断できないのよ」とのこと。生活者目線で何とも実感がこもったコメントだ。

「よそさん」にはちょっと敷居の高い古都の空気感。ただ、それすらもおしゃれに映るのは、決して贔屓目であるばかりとは、違うのと違うやろか……。

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