表紙を見た時の衝撃は、どう表現したらよいだろうか?紫色した髪の忍者のインパクトは凄まじいものであった。
今どき忍者ごっこをしている子供たちなんて見かけもしないし、私と同世代の人でも戦国時代に活躍した忍者は、小説や漫画の世界だけだと思っているに違いない。
だが現代においても生きた忍法を継承している一人の忍者がいた。戸隠流忍法34代宗家、初見良昭が著者である。
初見氏は9つの流派の古武術を受け継ぎ、それらを武道体術として統合し稽古する武神館を主宰している。現在はヨーロッパ各国をはじめ、世界に15万人以上の弟子を擁しているそうだ。約20年前も、アメリカを中心に忍者ブームが巻き起こった。これは日本に修行に来た外国人達が、母国で道場を開いたおかげかもしれない。これは初見氏の功績によるもの、と考えてよいだろう。そして表紙の構えからは到底想像できないが、初見氏は千葉県在住の齢80を超える現役忍者なのだ。
これまでも初見氏は、千変万化する神技としか思えないほどの武術と、型にはまらない融通無碍の人生観で多くの武術者を魅了してきた。本書は50年以上に渡る忍術研究の集大成が記録されている。伝統を守るだけでなく、今でもなお忍法の革新をモットーとしている氏の考え方は、斬新極まりない。
「生と死を超越しつつ、心技を一体化させ、生き抜くための武技の練磨を続けてきた忍者にこそ、本当の武術が見られる」と初見氏は言う。忍法の解説書であれば、技について著者自ら実技を演じ、ひもといて解説していくと期待していたが、本書は技に対する詳しい解説が一切無く、椅子からガクっと落ちそうになった。武者絵、忍者刀、鎖分銅、手裏剣などの武器、未公開の貴重な秘伝書などは惜しげもなく公開しているのだが、体術は写真からしか想像するしかなく、次々と各流派の忍法写真が流れていくのに追いつくのがやっとだ。高速で蹴りを放つ体術写真は動きが速すぎで写ってもいない。なぜか隠し武器の紹介コーナーで、ダライ・ラマ法王のカギが確認できた。
しかし確かに言えることは、忍者の世界観や雰囲気、緊張感は十分すぎるほど伝わってくる。武器の項では「隠し薙刀」といって、相手に武器を悟られないようにする体術もあるのだが、どう見ても写真から薙刀がはみ出て見えるのは、私に忍者としての素質があるからだろうか?
画:新井文月
氏がモットーとしているのはネクストワン(=絶え間ない進化)だが、意表をつかれっぱなしだ。忍術について語る項「忍法とはUFOである」では、武術に古事記を引用したり聞いたこともないカミの名が登場するし、そうかと思えば「この心境は、モナリザと髑髏を組み合わせたい」などと言う。
「蛇の脱皮の術」の項目には…
三人の男から取り押さえられた際は、自らを蛇体と化し、脱皮した蛇の皮を残し逆に三人を生補りにし、
しずけさや 岩にしみ入る 蝉の声
一句読んでしまった!神出鬼没かつ奇想天外、これは武道研究者にあらず。武道の達人が書いた忍者の文体なのだろう。
しかし、私達の理解を超えたところに極意が書かれているかもしれない。武道全般に興味がある人は、まずはその行間からインスピレーションを感じよう。そしてもし解らない箇所があっても、まずはそのまま放っておこう。きっと再度読み返したとき、奥深い本物があるに違いない。忍術とはいつも極意を明らかにしないものである。
忍術にはこうしたものだという決まったもの、固定したものはないらしい。それは時代によって、環境によって、瞬間その瞬間の状況によって閃くものだそうだ。道や教えを信奉すると、型にはめることになる。道なき道を歩むのが忍法なのだ。忍びの道具も決まったものにこだわらず、敵の品、現地にて入手できるものを利用する。結果、水に浮かぶ水蜘蛛もスーツ姿だったりするが、そこは道なき道を歩むのが兵法であり、忍法なのだろう。巻末には秘伝の書である「忍者秘訣文」が掲載されているので、一度目にしておくといい。
ここまで書くと本書は支離滅裂、理解不能の本という印象を与えてしまっているかもしれないが、実際はそうではない。大事なのは本書を通じて、読者は自由な心身と柔軟な思考を養うべし!と初見氏は考えていると、少なくとも私は思いたい。
氏の師匠である高松寿嗣は、セントジョージ英学校卒、漢学校卒の五ヶ国に堪能であったそうだ。高松先生との写真は多く掲載されているが、師曰く、現在の日本では古式を失って精神の修行が疎かになり、剣道、柔道においても神聖を欠く恐れがあると指摘している。反対にイギリスでは日本の古武道式こそ真の神聖なる武道として鍛錬しており、実に日本人として嘆かわしき事ならずや。と伝えている。確かに本書にはオバマ大統領とローマ法王から感謝状が掲載されている。日本では既に忍者は滅びたと思っている人が大部分を占めるだろう。しかし本書を読めば、忍法は今でも世界各国に影響を与える誇るべき生きた伝統文化と感じるようになってくる。
最初は疑いの目もあり本書を手にしたことを深くお詫びしたい。文体は読み返すほどに、達人だからこそ書けるものだろうし、今後もこれほどの忍術の達人は生まれないだろう。子供の頃、私は忍者の本をよく読んでいた。そのキラキラした忍者像を今でも貫いておられる人物がいることに感謝したい。
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初見氏が指導している動画はコチラ
著者が主宰する武神館は、千葉県野田市にある。体術はもちろん剣術、棒術、手裏剣、鎖鎌術などが学べる。
武神館 http://fudoan.cdx.jp/bugei/bujinkan/bjk.htm
中世ヨーロッパの武術に関心ある人への一冊。レビューはこちら。
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ジツを駆使しマルノウチ・スゴイタカイ・ビルを駆け巡る。wikipediaでも楽しめるが、サラリマンは決して会社で読まないように。