タイトルの如く武術に特化した本だ。武器甲冑系の図説本はストライクすぎて購入するとキリがないのだが、本書は必読に値する。ロングソードやダガー、スピアなど武器毎の戦闘方法を豊富なイラストつき(師匠と弟子が戦闘する設定)で解説されている。それも甲冑同士の格闘戦、転倒した場合の床技からトーナメントでの効果的なランス突撃法まで紹介しており、日本語で西洋武術をここまで網羅している本は見た事が無く、極めて稀である。
これまで西洋武術といえば、力押しのイメージが先行していた。しかし本書ではフェシトビュッフと呼ばれるヨーロッパ各国の武術指南書に基づいた科学的な戦闘形式を見事に暴いている。
私達が思い浮かべる中世とは、ルネッサンス中期の1450年代を指す。その時サイエンスが発展した。ルネッサンスの影響は芸術や建築だけにとどまらず、武術もまたその精神にのっとり革新をもたらした。つまり客観的な観察によって得られた情報を元に、論理的な結論を導き出す戦闘方法があみだされた。15世紀のイタリアの武術家フィリッポ・ヴァーディは「幾何学が最も武道に関係する」と論じた。相手との位置関係、距離、武器の長さ、軌道から自分の身を守りつつ、相手を傷つける最適解を導き出すために幾何学の原理を利用していた。イタリア式ボローニャ派武術の創始者は、ボローニャ大学の数学者だという。
本書の解説にぐいぐい引きこまれていく。イタリア式武術の特徴は「テンポ」、すなわちタイミングで間合いに踏み込む術に長けているそうだ。驚くのはイギリス式戦術で、なんと終始防御を軸としたカウンター方式らしい。その間合いに入った瞬間、人間の反射神経では追いつけない速度で急所を狙われる。そして各国の原理を発展させ、のちヨーロッパ最強と恐れられたのレイピア剣のスペイン式剣術だ。その仔細は本書で確認してほしいが、円運動を軸とした、ダンスにも似る戦闘理論は興奮せざるを得ない。
画:新井文月
前半は中世から近代までの戦闘様式の変遷とフェシトビュッフの論考、攻撃線と歩法それぞれの流派の基本紹介である。多数の武具が登場するとはいえ、やはりソードの扱い方が中心だ。スティーブン・フィックはその著書『初心者のロングソード』で「A」と「V」、2つの受け流し型の方法を主張している。V字のように、自分の胸から扇型に開くように剣を受けていては、衝突した際に自分にスライドし致命傷を負う。やはり基本の構えは「A」のように剣の先端は相手の胸中心に集めなくてはいけない。なるほど。
そもそも中世騎士は、西ローマ帝国が滅んだ476年にはじまり、1453年の東方にあったビザンティン(東ローマ帝国)が滅ぶまでの約1000年の歴史を指す。騎士の甲冑は、14世紀に入り大きく変化する。それまでは軽装のメイル(鎖帷子)が主な鎧の形であったが、14世紀の終わりになると、騎士の体は頭の天辺からつま先までプレートで覆われることになり、
剣による斬撃ではかすり傷ひとつ負わない状態となってしまった。同時に戦場では、両手持ちのポールアックスやロングソードが必需品となっていった。鎧の方も、まるで戦車か?と思わせるような50kg以上の厚い甲冑へ進化する。
そこで意外にも基本系の片手剣と小さな片手用の盾バックラーが活躍することとなった。重装鎧の隙間に、殺傷力の高い片手剣を突き立てたり、小さな片手用の盾のバックラーを、攻撃に対するカウンターからの、カウンター、さらにそれに対するカウンターなどに使用するようになった。本書を読んでいるとテンション上がってしまったのだが、きっとその時の自分は、気味悪い表情をしているだろう。
後半は、槍、ポールアックス、ハルバードなど剣以外の武器が挙げられる。なかでも剣に代わるメイン装備として、ポールアックスが登場した。Poleaxeは「長い柄のついた斧」という解釈が通説だが、正しくはPollaxeで「頭(をカチ割る)斧」という意味だ。ファンタジーゲームに登場する武器解説は誤解が生まれているようなので、開発関係者には是非本書を読んでほしい。甲冑好きもそうだが、西洋ファンタジーファンや中世を舞台にした漫画家や作家などクリエーター全てにオススメの一冊。
本書を読めば騎士に叙任された際でも、騎馬トーナメントで勝ち残る事ができるはずだ。ぜひ騎士道精神を身につけ、出世の糸口を見つけてほしい。
※武器の扱いに関しては一切の責任を持ちません。ご了承下さい。
----【こちらもオススメ】----
こちらも手放しでオススメできる一冊。騎士の一生が疑似体験できる。普段の戦闘がない生活から、騎士をとりまく中世の歴史をたどる事ができる。マケドニア式ファランクス重装歩兵など部隊の攻撃力についても完璧にカバー。値段もリーズナブル。
本書の中にも登場するスティーブン・フィック著『初心者のロングソード』
HONZ代表と副代表が揃って「このシリーズはやめたほうがいい」といい放ったハマると怖いシリーズが文庫化。先日知り合ったバー経営者(80歳)が戦時中の高射砲について語ってくれたので、サンプルは本書となる。精密な図説、徹底した資料、しつこいほどの時代検証は危険なニオイがプンプンするのでほどほどにしておきます。