ビジネスの世界では、時として組織や専門性の壁が邪魔になる時がある。世の中全体が垂直統合から水平分散へと大きく構造を変えていく中で、既存の受け皿では解決できない課題というものが増えてきているのだ。
医療の世界も、また然りのようである。本書に登場する12人。大学病院の運営に経営的な視点を持ち込み黒字化を果たした男、Aiという死亡時の画像診断で死因究明の仕組みを変えようとする担い手、法律と医学の間に切り込む法医学のプロフェッショナル。登場人物たちが取り組んでいるテーマをざっと眺めるだけで、複合的な問題の種類の多さを伺い知ることができる。
そんなボーダーレスな課題を打破するためのヒントが、人に着目することで見えてくる。案内人は、『チーム・バチスタの栄光』でもおなじみの人気作家・海堂 尊。本書はCS番組「海堂ラボ」での自由闊達なトークを書籍化したものである。
なかでも非常に印象的なのが、海堂氏の紹介におけるスタンスだ。
ともすれば評論家は辛口で悲観的なことばかり口にする。それでは日本は明るくならないし、そもそも「海堂ラボ」の根本精神と合わない。
どのゲストも、「すごいでしょ。こんな人がいて、日本を支えてくれているんだぜ」と胸を張って言える方たちばかりだ。
この”まえがき”に書かれたコメント、HONZにおける「オススメ本紹介」のスタンスにも通じるところがあるなと思いながら読んでいた。すると次の頁で突然、HONZ副代表・東えりかの名前も出てくる。なんと、番組を書籍化する際の構成を担当したそうだ。危ない危ない、”まえがき”を読み飛ばしてレビューを書いたら、赤っ恥をかくところであった・・・
さまざまな分野を横断しながらも、コンパクトに纏まった12人のインタビュー。本書の最大の見所は、彼らを動かす原動力が何なのかというところにある。
警察庁長官狙撃事件で数発の銃弾を撃ち込まれながら、奇跡の生還を果たした國松 孝次。退院後に主治医から「あなたは都内だから助かった。地方だったら亡くなっていただろう」と言われたことがきっかけで、地方の救急立て直しのためにドクターヘリの普及を推進する。
救急隊と医療機関との連携をより緊密にするガイドラインを制定し、埼玉県における交通死亡者数を激減させた堤 晴彦。「動かなければならないときは動く」を信念に、日付の入っていない辞表をトップに提出するほどの覚悟で臨んだ。
相互扶助精神が無くなってしまえば、社会は成り立たないと考え、非配偶者間体外受精や代理出産にも深く関わってきた根津 八紘。倫理観には絶対的倫理観と相対的倫理観があり、相対的倫理観は、時代とともに変わっていく可能性があると主張する。
変わり種は、「フェイコ・プレチョップ法」という画期的な手術法で白内障の手術を3~4分で完了してしまうことを可能にした赤星 隆幸。手術のための器具を自ら開発し、特許を取得しなかったのだという。彼の思いは、一人でも多くの人達に光を取り戻してもらいたいというものだ。
組織の壁、限られた予算、少ない人的リソース、前例がないというリスクに伴う葛藤、直面する様々な問題に、彼らは一体どのように立ち向かっていったのか?
本書に登場する人たちは、必ずしも医療の世界でメインストリームにいる人たちばかりではないのかもしれない。しかし、変革の波はいつだって周縁から押し寄せる。周縁という名の最前線、打開のヒントは個に宿る。医療に興味のある人のみならず、多くのビジネスマンにとっても一読に値する一冊だ。