僕は、自分でビジネス書を書いているので、天に唾する行為であるということを、十分自覚した上で、なおかつ、「ビジネス書より古典を」と言い続けている。
それは何故か。2つの理由がある。まず、長期にわたって市場の洗礼を受けてきた古典は、哲学書や歴史書であれ、文学書であれ、その内容が圧倒的に優れているということである。スポーツでもプロに手ほどきを受ければ、上達も早いが、友人に教えてもらえば友人の悪い癖もそのまま乗り移るように、古典はプロ中のプロが書いているので、脳を鍛えてもらうには最適だということである。
2つ目は、ビジネス書は、後出しジャンケンの要素が強いということである。成功者が後から来し方を振り返って、こうしたから成功したと述べたところで、それが次の成功をもたらす保証がどこにあるというのだろう。第一、何を話したところで、成功したという事実があれば、すべては正当化されてしまう。それで成功したという事実そのものさえ、あやふや極まりないのだ。
しかし、以上はあくまで一般論に過ぎないのであって、ビジネス書の中にも、これは、と、うならされてしまう良書は数多く存在する。本書もその1冊である。著者の著作は以前にも読んだことがあるが、最大の特徴は、「主張がわかりやすくて、ストンと腹落ちすること」と、「切り口が新鮮・独特で、古びた社会常識の枠組みをいとも軽々と乗りこえてしまうこと」の「両立」にある。切り口が新鮮・独特な書物は星の数ほどあるが、そのほとんどは個人の趣味や思いつきを延々と述べているに過ぎないので、読んでも一向に腑に落ちないのである。
本書は、2つの人生を生きよう、と、スピンアウトを提案しているが、その主張がストンと腹落ちするのは、IT化やグローバリゼーション、人生の長期化といった、今後の世界の大きな枠組みを骨太かつ整合的に捉える著者の視座がゆるぎないからであろう。文章も達意で読みやすく、データ等の例示も丁寧で過不足がない。一見、軽めに見えるが、数字・ファクト・ロジックが本当にしっかりした読み応えのあるビジネス書に、久しぶりに出会った感がした。日々の仕事に悩んでいる中高年のサラリーマンはもとより、就活生に至るまで、老若男女を問わず、仕事を真剣に考えている全ての人に薦めたい。
本書を読んで、恩師、高坂正堯先生が常々、「古典を読んで分からなければ自分がアホやと思いなさい。現代の書籍を読んで分からなければ、著者がアホやと思いなさい」と言われていたことを思い出した。
出口 治明
ライフネット生命保険 代表取締役会長。詳しくはこちら。
*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。