現役バリバリの書店員に今月売りたいと思っている近刊などを紹介してもらうコーナー「書店員のこれから売る本」
「このコーナーはノンフィクションに限らず、HONZが尊敬している書店員さんたちに、各専門分野の新刊などを紹介してもらいます。時代小説、マンガなどなんでもあれ、です」
第2回は中原ブックランドTSUTAYA小杉店の長江貴士さんが登場!
文庫・新書・文芸とさまざまなジャンルの新刊・近刊を紹介してもらいました。
最近就活を終えた、かつて当店でアルバイトをしていた女性に、「会社に入る前に、絶対にこの本だけは読んでおけ!」と強くオススメをした作品。本書は、「これから会社に就職する人」「別の会社に転職したばかりの人」「長く同じ会社にいるけど、どうも社内のコミュニケーションがうまくやれない人」は必読の本だ。
子どもの頃から「サラリーマンになること」や「働くことそのもの」に漠然とした恐怖心を抱いていた僕は、結局一度も就活をせずにここまできてしまったが、本書を読んで、本気でこう思った。
「もし大学時代に本書を読んでいたら、僕はきっと就活をしていただろう!」
同じく、山田ズーニー『おとなの進路教室。』も、当店ではロングセラー。「◯◯な人は△△ページから読め!」というPOPをつけているのが効いているのではないか、と個人的には思っている。こちらは、今の働き方・生き方に悩んでいるすべての人に読んでほしい作品だ。
Iターン者を積極的に受け入れることで島の活気を取り戻すことに成功した、瀬戸内海に浮かぶ冴島。島には高校がないため、フェリーで本島まで通っている4人の島の高校生たちが主人公だ。
島での生活は豊かで満ち足りており、不満はない。しかし同時に、外の世界を知れば知るほど、今まで気づくことのなかった「ないもの」の存在に、その空虚な空白に気付かされていく。存在しない物、存在しない選択肢、存在しない未来。そういう現実に直面し始めた彼らの、成長と共に輪郭が鮮やかになってくる苦悩にスポットライトを当てながら、離島での瑞々しくたくましい生活が描かれていく。
辻村深月は、「地方の閉塞」をテーマの一つに作品を描き続けてきた。その上で本書はさらに、地方を肯定する物語に仕上がっている。そして同時に本作は、初期作品に通底する「現実の狭間で苦悩する若者」の姿を活写する青春小説でもある。辻村深月の出世作の一つである『凍りのくじら 』を、文庫発売以来一度も売り場から外すことなく未だに売り続けている当店としては、辻村深月の作品には注目せざるを得ないのである。
文章を書く技術を整理した本には、これまでにも様々な名著がある。本書も、その中の一冊として、長く残っていく作品だろうと思う。当店ではかなり売れている「数学ガール」シリーズの著者でもある。「数学ガール」シリーズの分かりやすさには、とても定評がある。
タイトルに「数学」と入っているのを見て怖気づいた方。安心してください。この作品は、「数学の本」ではありません。「正確で読みやすい文章を書くための本」です。ただ、実例として数学の文章が扱われていることが多いというだけだ。
是非本書を手に取って、「はじめに(P11)」から「第一章の終わり(P24)」まで読んでみてください。そこを読んで、これは自分には必要ない本だ、と感じられたら、買う必要はないでしょう。
僕の周りにも、「文章が書けない」と嘆く人が結構いるように思う。「言いたいことはあるのだけど、それをうまく伝えられない」と感じている人には、是非読んでほしい1冊だ。
フリーターの僕と、専業主婦の梨々子。性別も境遇も環境も、僕とはまったく重なり合わない人物が主人公であるのに、どうして僕はこの作品にこれほど惹かれるのだろう。
東京から出たことのない梨々子が、夫のうつ病を契機に、夫の田舎に住むことに。その10年間の戸惑いと、気持ちの決着と、ささやかな幸せを描く物語だ。
東京での生活が「当たり前」だった梨々子には、驚天動地の10年間だった。その変化に戸惑う不安定な心理状態の中で、日常の中で些細な、しかし「些細な」で済ませたくはない出来事がいくつも積み重なる。それを上の方から眺めて整理したり、嫌になって蓋をしたりと、梨々子の思考は様々に発散していく。時には神経質と取られかねない梨々子のそういう思考が、きっと誰の中にも渦巻いているのではないかと思う。
「今の自分を否定したくはない。でも、認めてしまいたくもない」 仕事や恋愛や人生そのものにおいて、こういうにっちもさっちもいかない袋小路に嵌ってしまうことはあるだろう。そういうあなたに、届いて欲しい1冊だ。
「詩を読むこと」は、なんだか難しそうな気がしていた。「ちゃんと読み解けないかもしれない」「全然理解できないかもしれない」「的外れな捉え方をしてしまうかもしれない」。だったら、近寄らない方がいい。そう思ってしまう気持ちは、僕にもよくわかる。
著者は本書で、詩はわからないからこそ良いという。『「解釈」ということを、いったん忘れてみてはどうだろう』と主張する。自分が良いと思ったその気持ちに素直でいよう、と。
「わからないもの」を「わからないまま」受け止め、自分の内側に置いておく。それは、いずれ芽を出すかもしれないし、出さないかもしれない。詩とはそういうものだと著者は語る。
「いそいで答えを出す必要なんてないし、唯一解に到達する必要もない」
そう言ってもらえると、気が楽になる。国語の授業によって植えつけられた、「正しい解釈にたどり着かねば!」という強迫観念は、本書のお陰で消え去ったと言っていい。
当店には、きちんとした詩のコーナーはない。もしかしたらたくさん売れる本ではないのかもしれない。けれどこの本はむしろ、今詩に触れていない人にこそ読んでもらいたい作品だ。少しずつ、丁寧に売っていければと思う。
余談だが、生涯で唯一、僕の心に突き刺さった短歌があるので紹介したい。
問十二、夜空の青を微分せよ。街の明りは無視してもよい 川北天華
意味がきちんと分かるわけではない。けど、この短歌は僕の心に、ずっと残り続けることだろう。
長江 貴士
1983年、今や世界遺産となった富士山の割と近くで生まれる。毎日どデカい富士山を見ながら学校に通っていたので、富士山を見ても何の感慨も湧かない。「富士宮やきそば」で有名な富士宮も近いのだけど、上京する前は「富士宮やきそば」の存在を知らなかった。
一度行っただけだけど、福島県二本松市東和地区がとても素晴らしいところで、また行きたい。他に行きたいところは、島根県の海士町と、兵庫県の家島。
中原ブックランドTSUTAYA小杉店で文庫と新書を担当。
【中原ブックランドTSUTAYA小杉店】
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