これまで買った本のなかでもっとも重かったのは、一昨年に出版された『Modernist Cuisine : The Art and Science of Cooking』だった。我が家で実測してみると重量はなんと19.3キログラムもあった。著者本人に聞いてみたところ、フルカラーのこの本に使われているインクの乾燥重量は4ポンドを超えているという。約2キログラムだ。このクソ重い本を保護するために、分厚いアクリルの箱が付属しているのだが、さらにその外側はどこか宇宙船っぽいハニカム構造の巨大なダンボール箱で厳重に梱包されて届く。輸送総重量は25キログラムを超えているのではなかろうか。
ちなみにこの本は6分冊フルカラー2400ページのお料理本である。(多くの写真には5冊しか写っていないが、各レシピの材料表がまとめて別冊になっている)使われている無数の写真はすべて素晴らしく美しい。最高の食べ物と料理の写真集として買っても損はないはずだが、あわててポチる前に書棚の耐荷重をチェックしておくことを強くおススメする。
著者は元マイクロソフト研究所所長のネイサン・ミアヴォルド。14歳で大学に進学し、UCLAから数学、地球物理学、宇宙物理学でマスターを取得、その後プリンストン大学で数理経済学と理論物理学の分野でPhDを取った人物だ。京都の炭屋旅館をこよなく愛する人物でもある。あるときにソファで寝転がりながらナショナル・ジオグラフィック・チャネルを見ていたら、このネイサン・ミアヴォルドが出てきた。なんと恐竜の専門家としてだった。ちなみに次世代原子炉として注目されている進行波炉、テラパワーの親会社はこのネイサン・ミアヴォルドの個人会社である。
本当はふと思いついたので、これだけのことを書きたかっただけなのだが、HONZはあくまでも”新刊”を紹介するサイトだから、ここで終わるとまたまたメンバーが「代表みずからルールを破った」と騒ぎ出すであろう。最近、五月蝿いのである。そこで、とりあえず重い本つながりで『西方電撃戦』を紹介しよう。本書は1940年のドイツによるフランス侵攻についての研究書だ。重量は2.3キログラム。なあに『Modernist Cuisine』のインク程度の重さなのだが、それでも台所の秤では無理で、お風呂の体重計で計測した。
ヨーロッパ専門のミリヲタにとっては『バルジの戦い(上・下)』とともに買っておかばければならない本である。大判615ページが写真で埋め尽くされている。当時の写真の隣には、同じ場所を同じアングルで撮影した現在の写真が添えられており、平和と戦争の鮮明な対比に感極まるものがある。攻守どちらの写真ももちろんモノクロだが、非常に鮮明で驚くほどだ。
ナチスによるフランス侵攻は1940年5月10日に越境したことに始まり、わずか1ヶ月後の6月14日パリ無血入城、6月21日にフランス降伏という電撃戦であった。6月17日にチャーチルはラジオ演説を行った。「フランスからの報告は極めて悪く、私はこのような不幸に見舞われたフランスの人々への憂慮に絶えません」からはじまり「いまや我々は、武器を取って世界の大義を守ろうとするただ一人の戦士となったのです。この栄誉ある役割に、我々は最善を尽くすのみです。我々は祖国の島を守り、人類の懸念となったヒトラーの呪いを払拭するまで、大英帝国とともに戦い抜くのです。最後にはすべて我々が正しかったことが証明されるでしょう」と締めくくった。
やすやすと敗北するヨーロッパ大陸の国々を見つめながら、チャーチル率いるイギリスはたった1人でナチスに対抗しようと決意したのだ。この時まだアメリカは中立国であった。アメリカの参戦は翌年の12月日本の真珠湾攻撃を受けてのことだったのである。アメリカからの軍事的支援はあったとはいえ、西ヨーロッパにおいてチャーチルは、1940年6月から1941年12月までの1年半1人でナチスと戦っていたといっても過言ではない。
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