『ヴェルサイユの女たち』美女たちの饗宴

2013年4月20日 印刷向け表示
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ヴェルサイユの女たち: 愛と欲望の歴史

作者:アラン・バラトン
出版社:原書房
発売日:2013-03-22
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ヴェルサイユに初めて館を建てたのはルイ13世だ。それはつましい小さな狩りのための館だった。ルイ13世は劣等感の強い人物だったようだ。王としての器ではないと母から嫌われていた。ヴェルサイユの館は母からの逃避の場所として造られた。王はそことで男性側近とだけの時間を過ごした。女好きである父アンリ4世には似ることなく女性に対し消極的で、妻ともあまりまともに性交渉を行えなかったようだ。ただ、世継ぎを作ることには成功してはいる。

ルイ14世はそんな退屈な時代に新風を吹き込んだ。何しろ彼は歩き始めたばかりの頃から女好き。幼少のときから女性のスカートの中にもぐりこむのが大好きなませガキ早熟な子供だった。

彼の母。夫からの愛を知らず、女としての喜びも知らぬアンヌ・ドートリッシュはこの手の女性にありがちな、硬い信仰心により自らの精神を保っていた。彼女が息子を溺愛し、息子に敬虔さを求めたのは無理からぬことである。ルイ14世はそんな母から逃れ、思い切り愛と官能の世界に浸るためにヴェルサイユに宮殿を築くことになる。父と同じく、母から逃れるために宮殿を造ることを決意したルイ14世。しかし、そこで行われる世界は父とはまったく違う官能の世界になる。

では、王の華麗なる女性たちを何人か見ていよう。マリー・マンシーニは宮廷では、痩せっぽっちの馬面と酷評されているが、これは当時の流行であった二重あごの女性ではないということだ。彼女の肖像画を見る限り美人だ。スラリとした現代向きの美女だったのだろう。若き王とマンシーニ嬢は真剣に愛し合ったようだが、リシュリューの思惑によって引き裂かれることになる。

次に王の寵愛を射止めたのは、アンリエット・ダングルテール。だが彼女はルイ14世の弟、フィリップの妻だ。さすがにこれはスキャンダルだ。そこで、アンリエットは地味で控えめな女性を代役に立てる事を思いつく。作戦は上手くいった。身代わりのルイーズ・ド・ラ・ヴァリエールを廷臣たちは王の愛人と思うようになる。しかし、ひとつ問題があった。少なくともアンリエットには。

なんと2人は本当に恋に落ちてしまったのだ。ルイーズは王の正式の公妾となる。彼女は王の寵を得ても贅沢は望まず、ただ王の愛を求めるいじらしい女性だったようだ。うむ、男心をくすぐる女性だ。だがルイーズは友人のモンテスパン侯爵夫人に蹴落とされる。女性が社会進出できなかった時代。才気溢れる彼女達にとって、この場所のみが自己実現のための戦場たりえたのであろう。

恋愛の甘美さを味わったルイ14世とは違い、ルイ15世は漁色家であったようだ。この女好きの王の公妾として有名なのはポンパドゥール夫人デュ・バリュー夫人だ。ポンパドゥール夫人は平民出身だし、デュ・バリュー夫人にいたっては高級娼婦だった。これだけでも世間は大騒ぎだ。

好色な王の相手をするのは並大抵の体力では無理らしく、ポンパドゥール夫人はたびたび王の相手を侍女に肩代わりさせていたらしい。そんな絶倫王を満足させるためにヴェルサイユに王専用の娼館を造ってしまえ、ということになったようだ。「鹿の園」はこようにして誕生した。

「鹿の園」のために下層階級出身で、且つ処女の少女達がヴェルサイユに集められた。少女たちは蕾が花開くまでの期間に王を喜ばせる術や、一般教養、マナーなどを学び、王の専用の娼婦へと育てられていく。なんとも義憤に駆られそうな話だ。だが、彼女たちが鹿の園を出るときには、かなりの良家に嫁ぐことが出来たようなのだ。こんなことを言うと怒られそうだが、身分制度が重くのしかかる当時、貧民出身の少女にとっては身分上昇の貴重な機会でもあったようだ。

そんな女性の中で有名ななのは、マリー・ルイズ・オ・モルフィ。実は彼女、名画の中でその美貌を永遠に留めている。ブーシェの描いた『オダリスク』のモデルなのだ。あどけなさを残す美しい顔に、ふっくらとしたお尻は、今でも多くの男性の視線を釘付けにする。かのカサノヴァもこの絵をみて悩殺されたらしい。

王が年端も行かぬ少女達を集めたのはなぜか?王はロリコンか?どうも違うらしい。放蕩の限りを尽くしたルイ15世は梅毒に罹ることを酷く恐れた。そのため、処女の少女にこだわったようだ。驚くことに王は梅毒に感染しないよう、女性たちを抱く前に侍従のルベルという男に毒見させていたという。しかもルベルも「こんな仕事で死んでたまらぬ」と思ったらしく、最初に自分の補佐官に毒見をさせていたのだ。むちゃくちゃな話である。

ところで本書の著者はヴェルサイユの庭師をしていた男性だ。そのため本書では庭園の言及がとても多い。庭園の様々なボスケの様子や、その場所でどのように王や貴族が愛しあったのかを想像も交えながらとても豊かに記述している。

当時のヴェルサイユは現代のパパラッチのようにスキャンダルに飢えた貴族たちが大勢住んでおり、王と寵姫が2人きりで愛を交わすのは難しい。ボスケは隠れて愛を交わすのにちょうど良い造りになっていたのだ。え?王が野外でそんな事を?いや、ヴェルサイユの庭園はそのための場所なのだ。

実際に著者が庭師として働いていた1976年から1990年までは毎日のように、ボスケのいたる場所で年齢、社会階層も様々な男女が愛の営を繰り広げていたという。その中には有名な女優や、若者のモラル低下を非難する右翼代議士までいたという。

なんといっても、著者自身が定休日の月曜になるとガールフレンドたちを連れ込んで、愛しあっていたそうだ。そう、ヴェルサイユはまさに「愛の神殿」なのだ。所有者である王家を失った後も、ヴェルサイユはアフロディーテーの寵を得ていたのだ。ただ、今では騎馬警官の巡回などもあり、愛の伝統は途絶えてしまった。しかし、著者は必ずヴェルサイユは愛の神殿として復活すると信じているようだ。私もそれを切に願う。なぜなら、信仰が失われた神殿など、なんとも味気ないではないか。そして本書を読み終えたとき、その妖艶な世界に魅せられ、「神よ、我に王権を!」と心の中で呟いたことは、ここだけの秘密にしておこう…

※リンク先のwikipediaとレビューとでは一部、名前の表記が異なります。レビューの表記は本書の表記を優先しております。

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ヴェルサイユ宮殿に暮らす—優雅で悲惨な宮廷生活

作者:ウィリアム リッチー ニュートン
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優雅な生活―“トゥ=パリ”、パリ社交集団の成立 1815‐48

作者:アンヌ マルタン=フュジエ
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