出版から少し時間が経ってしまったが、すばらしい写真集をご紹介したい。
シマウマのお腹の模様を見たことがあるだろうか。目の前10センチでワニの顔とにらめっこしたり、ライオンの子どもたちがじゃれ合ったりするのを、同じ目の高さで観察できるなんて、誰も考えていなかっただろう。
この写真集の原題は「Serengeti SPY」動物たちにカメラを気づかれないようにカモフラージュして、東アフリカのセレンゲティ国立公園の水場や動物の通り道に仕掛け、遠隔操作でシャッターを切るという試みだ。好奇心いっぱいに近づいてきた動物たちの顔が特大で写されている。“カシャッ”という音に仰天したり威嚇したりする顔も巨大である。
撮影したアヌップ・シャーはケニアとイギリスを拠点に20年近く野生動物を撮影しているカメラマンである。ある日彼は、自分が徒歩で獲物を狙う狩猟採集者になったら、と想像してみた。自分がハンターとしてトムソンガゼルに数メーターまで近づき。草むらで身をかがめていたらどんな情景が見られるのか。野生動物か暮らす空間に入り込み、彼らを目の前で見てみたい。そのために開発した方法が、この遠隔操作だった。
シマウマの身体の模様と顔は思い出せる。しかし横になった姿をみたことがなかった。カメラの前に無防備に横になったお腹の模様はなんと前足の間からお尻まで一本の黒い線でつながり、そこから縞が始まっていたのだ。
最初は何だろうと近づいてきても、無害だと分かればいつもの生活を見せてくれる。ワニは水を飲みに来る獲物を待って半眼で横たわり、マングースはイボイノシシの寄生虫をあさるため、驚くべき共生関係を結んでいる。耳を掃除されている顔はまるでマッサージを受けているお父さんのようにうっとりとしている。
命を繋ぐために命を奪う。まさに弱肉強食の世界が映しだされる。足を怪我して不自由な身になった雄ライオンは死肉を漁り、獲物を仕留めたチーターが腹を裂く場面さえ鮮明に切り取る。
この写真集を見続けるといつの間にか自分が野生動物になってしまったような気持ちになる。狙う私、狙われる私、そして食べられる私。人間もまた生き物なんだと痛感させられる一冊である。
(3月の時事通信社配信記事です)