『パラダイムでたどる科学の歴史』
中山茂(著)
ベレ出版(2011/06/25)
トマス・クーンの『科学革命の構造』を知っている人は結構多いのではないだろうか。1962年刊行のこの本によって、「パラダイム」という言葉が有名になった。
パラダイムとは、「一定の期間、科学上の問い方と答え方のお手本を与えるような古典的な業績」という意味だ。例えば「天動説」や「ニュートン力学」などが該当する。満月はいつですか?という問いに、天動説に基づいた計算で答えていた時代があったのだ。通常の研究活動はその時のパラダイムをベースに行われるが、ある時、どうしても解けない問題が発生する。そうすると、そのパラダイム自体が再検討され、基盤となる理論が存在しない未知の段階に突入する。この「未知の段階」を乗り越えて新しいパラダイムが出来る過程を「科学革命」と呼び、科学の発展は「科学革命」と「通常科学」の繰り返しによって実現されるとした。
筆者の中山さんは、上記の『科学革命の構造』の日本語版の翻訳者だ。それだけじゃなくて、クーン先生がハーバードの助教授だった時、大学院生だった。科学史専攻のメンバーは先生2名・学生2名だったらしい(とブログに書かれている)。ということで、パラダイム史観を「今や最もよく継承している」筆者による、社会人向けの科学史解説本、というのが本書である。口述筆記でおこしたものを作者が手直しした文章で、非常に読みやすい。にもかかわらず、いざ読んでみると、なるほど!と思うことが多かった。筆者が言う、「時系列の上で考えることによって、何か物事を相対化してみる複眼を養成できる」という科学史の特徴が本書にも出ているのだろう。
たとえば、「17世紀にイエスズ会が中国にやってきてびっくりしたのは、官僚制だった。中国の3大発明というと『紙と火薬と羅針盤』と言われるが、それを超える一番の発明品は官僚制である」というのは、おもしろかった。早くから紙と印刷技術が存在した中国では筆記試験が可能だったし、広すぎて面接試験が不可能だったのだ。一方、紙がなかったヨーロッパでは、いろいろな観点から議論するスキルが発達し、17世紀の科学革命に繋がったという説があるらしい。これもおもしろい。
これ以外にも、欧米で理工系の地位が低かったのに対して、日本は「学生はみんな、明治維新になって食えなくなった士族です。その中でも優秀な連中が新しい職業である理工系に来たので、理工系の地位が高かったのです。いまの日本の技術が良いのは、この時に地位が高かったせいだという人もいますが、それはどうかわかりません。」というのもおもしろかった。ファラデーが本づくり職人だったというのもおもしろいし、鳥が加速度を増すのは「嬉しくなったから」だとする、アリストテレス来の有機体論も、なんだかおもしろい。こういう話をちりばめつつ、それぞれの時代のパラダイムが説明される。
著者は最後に、「科学技術」と「社会」は、どちらも人間がつくって影響し合っているのだから、緊密にして乖離が生じないようにしなければならない、と言う。自然現象を数式で説明する方法だと思うと無機質だけれど、本書を読めば、科学はその時代ごとのチャレンジの連続だったことがよくわかる。数式や記号なしで科学の物語を伝える、本書のような本がもっと増えるといいなあと思う。