気になる印刷会社、レトロ印刷に乗り込んだHONZ。
全国から注文が入ってくるという、その成功の秘密は紙にも?
紙を求めて三千里
レ 印刷する紙を探すのがまた大変なんです。
H どうするんですか?
レ 毎年紙を探しに何ヶ所かいろいろと回るんです。たとえば、愛媛県四国中央市(製紙工場が多い)で“発見”した紙。ギザギザの電球を包む工業用の紙で、印刷用ではもともとなく、「印刷する紙じゃないからダメだ」と断られました。なにをわけのわからないことを言っているんだ、と(笑)。でも、後にこの紙は「くず紙」としてレトロ印刷でデビューします。いつもそんな感じなんです。なんとか少し分けていただいて、とりあえず刷ってみて「こんな風にできます」と見せて残りを頂戴しました。でも、最近はLEDが主流になって電球が不要になり、紙自体が廃盤になってしまいまして……。
H ええ! それじゃあ……
レ もう、この紙は終わりです。
H なにが影響するかわかりませんな。そうやって紙探しの旅に出るにしても、そもそもどうやって紙の情報は得るんですか?
レ それは、もう、旅に出るんです。
H 紙を求めて三千里……
レ 三千里も行きませんが(笑)、製紙工場の多い地域に足を運び、区役所や市役所に行ってみます。そこの紙業組合や工場を聞いて、100社あるとしたら20、30ピックアップして順々に社長さんに会ってお願いしていくんです。機械やうちの印刷との相性があるので、ひとつひとつ確認していきます。突然に行って、お宅訪問です。
H ピンポーン、ですか?
レ そうです(笑)。とはいっても、製紙会社はそれなりの規模のところが多く、20トンといった単位で生産されます。普通は1トンのロールなので、そのロールで購入していきます。毎回、四苦八苦でどうにか頼んで売ってもらうというかたちです。印刷会社と同じで、製紙会社はどんどん小さいところからなくなっていますね。10年前の2000社が今では800社です。
H それはつまり、紙の種類が減り、多様性がなくなるということですか?
レ はい……うちは会社の理念に「多様性」を入れているので、紙が廃盤になっていくのはほんとうに困ります。機械の特性上、紙の持ち込みはお断りしているんです。機械との相性があるので、刷ってからこの紙はダメでした、とはいえませんから、在庫の紙で対応しています。お預かりする紙を万が一失敗してダメにしてはいけませんから。
H は~すごいなあ。今は何人いらっしゃるんですか?
レ いまは、19人です。私たち二人以外はクリエイターです。
H そういう方をわざと募集されたんですか?
レ いや、それが、募集するとそういう人が来るんですよ。印刷をしたい人は、デザイン系の学校を出たような子が多いんです。最初に「うちは一切デザインはしないんです。それでもいいんですか?」と聞いて「それでもいいです」というなら採用です。
H 技術の習得は、大変なんでしょう?
レ いや、大した技術は要らないので、そうでもないです。
H おっと(笑)。平川克美さんの『小商いのすすめ』という本を思い出しましたわ。小商いというと失礼ですが、大切なものを遺していく商売の方法なんですわ。大手ができないことができるから、働きたくなる気持ちがわかります。
レ おかげさまで、ありがとうございます。
H HONZ読者がもし、レトロさんに頼むとしたらどこから入ったらよいでしょうか?
レ 年賀状、名刺がいちばん入りやすいですかね。フライヤーなんかはイベントがないとつくれませんし。
H 名刺や。名刺つくるわ。しゃれた一筆箋なんかもええなぁ。
レ “雑貨”をつくる人も多いんです。自分でつくった紙製品を雑貨屋さんに売り込みに行く。
H 印刷されるもので、意外なものはありますか?
レ タグも多いです。色移りなんかあったらいやだなと思っているんですが、注文は多いですね。最近、「カッティングプロッター」という、箱をカッターで切ってつくれるような機械を導入したんです。箱を印刷すればちょっとしたパッケージが作れるようになります。贈り物用につくれたらいいなあと、これから試してみるつもりです。包装紙にされるような印刷の注文も多いんですが、なにしろ色が落ちるんで。
H あ、その弱点がありました(笑)。
レ ブックカバーを作る方もいます。「色落ちするけれどいいんですね?」と確認するんですが、お客さんは「やりたければやる」なんです(笑)。注意書きには書くんですけど。
H 注意、しっかり読んでおけよ、と(笑)。
レ 「ツヤプリ」はそのために始めました。印刷箇所を樹脂でかためているので色落ちしません。困るといえば、どうしても均一には紙を切れないので、トランプですかね。カルタはいいんですけど、トランプのババ抜きなんぞにはちょいと問題があります。密度がある紙は硬くて平らなのできれいに切れますが、密度が低い紙は圧力をかけないといけません。でも、圧力をかけるとたわんでしまうので、どうしても斜めになったり均一ではなくなってしまう。紙屋さんの大きな専門の機械で切ってもらうんですけど、うちで使うようなものは凹むのでダメです。同じ大きさに切れませんよ、とお客さんには言うんですけどね。でも、何をどうつくるかはお客さん次第ですよね。
H 名刺はいいけれど、トランプは問題ですね。たわんでいるのがハートのエース、とか裏を見てバレちゃう。それはそれでいいけど(笑)。うかがっていると、自分で試してみたくなりますね~。
表現の場をひとつでも多く
レ 1階の印刷所に対して、ここ2階は最近ギャラリーとして始めました。ここに置いてあるものは、「JAM置き」といってすべてレトロ印刷でお客さんが印刷したものをサンプルとしてTake Freeでおいています。商品は、お客さんに売値をつけてもらって買取販売をしています。印刷のご注文品をいったん納品し、そこからご自分でパッケージした「商品」をこちらに送ってもらっています。
H そらそうか(笑)。悪いことしようと思たらなんぼでもできるわ。なるほど。どういう商品を置かれているんですか?
レ 選ぶことはしておらず、レトロ印刷のものなら、ここに商品を置くのはフリーです。そもそも、印刷した残りを棄てるのはもったいないというところからはじめました。ZINEや冊子が印刷できるようになってから、実物を見て欲しがる方も増えました。ぼくらはデザインをしないので、表現の場をひとつでも多くしようとこの場をつくったんです。クリエーターさんを応援していこうと決めています。
H 会社というよりも、デザイナー支援NPOみたいな感じですね。
レ いやいや(笑)。
H この場所は贅沢ですよね。
レ うちはワークショップをけっこうやるんで広いんですよ。月に3~4回くらい。孔版印刷に特化しようと決めているので、ガリ版もシルクスクリーン印刷もできるようにしています。ワークショップ以外にも「フリーでここでやってください」というシルクスクリーン印刷のワークスペースでもあるんです。版だけ作る機械があって、2000円~で自分のTシャツを刷ることもできます。道具も用意しているので、初めての人でも大丈夫です。シルクスクリーンは頼むと1万円くらいするので、それと比べたら雲泥の差です。量が欲しいひとは業者さんに頼めばいいですし。
H いまやガリ版を若い人に説明するのも大変ですわ。だいたい売っているんですか?
レ うちにあるのはB4サイズのオークションで買ったものです。はがきサイズのものもあります。ガリガリするあの感じがいいんですよね。
H 懐かしいなあ。
レ ガリ版のワークショップは人気ですぐに埋まります。参加費は1000円、1500円くらいで、30代くらいの女性が多いですね。お客さんも圧倒的に女性が多くて7割くらいです。あとは20代、学生さんも多いですね。もっとやりたいんですけど、なかなか手が回らない。ガリ版といえば、滋賀県には「ガリ版伝承館」もあるくらいです。
H “伝承するもの”になっているんですね。
レ クリスマスカードや年賀状など、季節ごとの作品を並べたりすることもあります。だんだんお客さんも慣れてきて、上手になっていかれる。ぼくらもあっと驚くような作品が仕上がってくる。そうなるとサンプルをみて、こういうひとに頼んでみたいという要望も出てくるので、そういう橋渡しをできたらいいなあ、ネットワークをつくれたらいいなあとも常々考えているんです。気に入ったデザイナーさんが依頼を受けてくれるか、こちらでお客さんに提示できたらいいですよね。星の数ほどつくりたい人はいるし、同じくらい頼みたい人はいるんです。
H だれに頼めばいいのか、普通はわかりませんよね。
レ クリエイターになりたい人はたくさんいるのに、世に出すほうの人は固定観念にはまってしまっていて、見たことのあるような印刷物があふれている。でも、そんな規則にはまらずやりたいようにやる人たちはいるんです。そういう自由から独創性は生まれます。大人にはわからなくても、一部の仲間内ではとっても人気があるとか。ぼくらの価値観ではかるのではなく、想像もつかないような作品が世に出てくるのを応援したい。そういうことのお手伝いができたら面白い。
H 誰しもが印刷を出来る時代になって、違う視点が生まれてきていますよね。
レ 手間をかけて、色を選んで、かけあわせを想像して、という“手間”こそが若い人には受けるんじゃないでしょうか。インスタントに作るよりも、気持ちが入っていく。お客さんの気持ちがぎゅっと詰まっているものがレトロ印刷には届くんです。だから、多様性は会社の理念なんです。
H 能率を考えたら有利ではないような気もするけれど、実はそうじゃない。
レ 核となる孔版印刷には、「こんなやり方が」「あんなやり方が」って理想科学さんと話しているとまだまだいろんな可能性が出てくるんです。いろんな研究をされていて、市場に出すにはボツだけれど、レトロ印刷ならできるということもまだまだある。理想科学さんは、テスト用紙を印刷するための、全国の学校に納入するリソグラフをずっと生産されています。
H 学校に必ずおいてもらえるという商品は強いですね。
レ いままでにいろんな蓄積をお持ちなんです。でもこんな、19人のレトロみたいな会社の存在には正直言って驚かれていると思います(笑)。
H 失礼ですが、右肩あがりなんですか?
レ はい。おかげさまで右肩あがりです。もうすこし注文が伸びたら、やったことのないことに手を広げていってみたいですね。まだまだやれることが、山ほどあるので。
(後編・了)
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