最近気になる印刷会社、ありますか?
はい。ずばり、それはレトロ印刷です。
気のきいたカフェなんぞで見かけるイベントのチラシや、おしゃれな人からもらう名刺にいいなあと思うものがあり、「どこで印刷したの?」と聞くとそろって「レトロ印刷!」と嬉しそうに返事をされる。どうにもたまらなくなり、HONZの『ノンフィクションはこれを読め!』刊行記念パーティーの挨拶状作成の担当となった私は、印刷を頼んでみてしまった。これがまぁ、値段はリーズナブルなのに味わい深い。それを横目で見ていた、自他共に認めるHONZデザイン担当の新井文月はついに『レトロ印刷の本』をレビューするに至った。なにしろ、なんだか楽しそうなのである。
ただし、そこで終わらないのがHONZだ。メンバー有志による「社会科見学部」を結成し、このたび、レトロ印刷の現場に乗り込むことと相成った。ちなみに部員はまだ「大阪のものずきなおっさん」こと仲野徹先生とワタクシ足立真穂だけなのだが、秘かに部員を勧誘中なので、その点は今後にご期待いただきたい(期待しなくてもいい)。
待ち合わせは、レトロ印刷最寄の駅、大阪市営地下鉄中崎町駅。梅田から歩いて15分ほどなのに、どこかのんびりとした街並みを残す一角が広がる。最近では、界隈の長屋を店舗に変身させたカフェや雑貨屋が増え、“おしゃれ番長”なエリアだそう。確かに一息つきたくなるようなカフェが目に付く。が、当然取材班はそんなものには目もくれず、レトロ印刷に直行である。
迎えてくださったのは、レトロ印刷、株式会社JAMの山川正則さんと小林光一さん。温和な印象のおふたりの差し出す名刺の印刷にまず唸りつつ(おふたりは、仲野徹の名刺の肩書きに唸っていらしたような気がする)、さっそくご挨拶もそこそこに話を聞き始める(以下、HONZは「H」、仲野と足立のふたりの区別はご自分で判断あれ。レトロのおふたりのご発言は「レ」)。
なんで「レトロ」なの?
H レトロ印刷さんの印刷物は、お名前の通りレトロで親しみやすい仕上がりですよね。「孔版印刷」というそうですが、どういうものなんでしょうか?
レ プリントゴッコをイメージしていただければいいんです。そもそもプリントゴッゴはガリ版から生まれたものです。そのプリントゴッコを全自動化したのがうちの機械です。版に穴を開けて、そこにインクをしみこませるやり方ですね。雑誌や書籍に使用されるのは「オフセット印刷」が一般的で、そちらの方が写真や文字を鮮明に印刷できます。私たちのやり方ですと、デメリットもありますから。
H デメリット?
レ ズレる、インクが落ちる(笑)。カスレや色むらがどうしても生じます。そこに均一の印刷にはない、版画のような味わいが出るわけですが。
H プリントゴッコかぁ。でも、今はそう言えばみんなわかりますけどね、10年経ったら、同じこと言っても化石呼ばわりでしょうな。
レ そうですね(笑)。プリントゴッコは理想科学工業が開発して、一世を風靡しましたが、いまや生産中止です。本体だけではなく部品もインクも生産していません。うちのお客さんであるクリエーターの方たちにとっては、自分の個性を出せるから重宝されていたので、なんでやめるんですかとメーカーさんには言ったんです。孔版印刷のうちの機械も同じ理想科学工業の製品なんですがね。
でも、少部数から印刷できることや個性を出せることもあって、うちは注文を数多くいただいています。多種多様に、遊ぶコンセプトを持ちたい方たちです。手作り感覚で、印刷初心者でも始めやすいんですよ。
H 最初からレトロ印刷だったのですか?
レ 2001年に印刷会社を始めたときは、とにかく早く、安くのスピード印刷の時代でした。量販店や不動産屋のチラシをとにかくたくさん刷ることにしのぎを削る時代。町の印刷所として、デリバリーもやっていたんです。でも、疑問を感じ始めました。価格でしか差別化できないオフセット印刷には限界もあります。コピーや家庭でのインクジェット印刷が普及していますし、今では通販でオフセット印刷は簡単にできますしね。大手の通販印刷さんは、テレビでCMをうっています。
H 小さい印刷屋さんは消えているんですか?
レ 消えていきつつありますね。そんな頃にふと目に留まったのが会社に1台だけあった「リソグラフ」(理想科学工業の孔版印刷機)です。使い始めたら、徐々にクリエーターの方たちに反響があり、注文が入ってくるようになりました。2002年ごろからリソグラフでの印刷を始めて、当初は両方を手がけていたのですが、採算を考えてもレトロな方が安定していく。スタッフに聞いてみたら全員が孔版印刷の多色刷りを目指していきたいというので、2008年に「レトロ印刷JAM」として生まれ変わり、今に至っています。あ、いちおうやり方はレトロですが、機械は最新のものですよ(笑)。
H あ、機械がレトロなわけではないんですか(笑)。
レ はい、いちおう最新です(笑)。ズレたりかすれたりというのは、昭和初期の印刷技術が発達していない頃の仕上がりと似ているので「レトロ」と呼んでいるだけで、機械は最新鋭なんです。
H 最新鋭の機械でもぴったり合わずにズレるんですか?
レ 絶対にズレないということはないんです。細かい穴なので、通らないインクも出てくる。そうするとカスれることもあります。穴を通るときにうまくインクが一定にならないとそうなってしまう。
わかる人にはわかってもらえる。
H HONZの挨拶状をお願いして試し刷りが届いたときに「この通りにできるとは限りません」「カスレがありえます」といったことが目立つようにはっきりと同封の手紙に書いてあり、驚いたのを思い出しました。
レ 最近はネットでの注文も多いので、「なんでも正直に」を心がけているんです。正直しか方法がありません。顔を見ていない場合は、率直にすべてを伝えよう、と。普通の印刷では「色校正」(実際に印刷して、色具合を確認する作業)を行うのですが、うちではやりませんし。
H 色校正の概念が違うんですね。
レ デジタルできちんと確認する印刷所もありますが、うちはその範疇にも入りません。完全に本刷りと試し刷りとで仕上がりが変わりますから。
H 文句をいう人はいるんですか?
レ ほとんどいません。例外は、デザイナーさんとお客さんが別で、デザイナーさんはわかっていても、その先のお客さんがわからず怒るということがあるので、今でもその対応は必要です。うちの宿命ですね。でも、すごく喜んでいらっしゃる方が多いので、その方向を頼りにして進んでいくしかない。わかる人にはわかってもらえる。
H その瞬間の印刷ごとにどうなるかわからないからこそ、頼むという人が多いわけですよね。「偶然の印刷」(笑)
レ そうです。意外性を求めていらっしゃる。
H 国内のどこからの注文が多いのでしょうか?
レ 全体の三分の一が東京で、ほかが三分の二。近畿地方は多いですが、大阪がメインではないです。実は、自分たちで宣伝を積極的にしたことが一回もないんですが、だんだんにホームページやクチこみで広がりました。取材にこうして来ていただけることが多くて、ありがたいことです。でも、ほんとうに少しずつ、いつのまにか注文が増えました。
H 大阪でぼく、テレビで見たことありますよ。
レ お恥ずかしい(笑)。
H この界隈にマッチしているところやなと思いました。おもろいとこやなぁと。
レ 孔版印刷をやっているところは他にもありますし、印刷技術としては大したものではないのですが。
H おっと、言い切っていらっしゃいますね(笑)。
レ はい(笑)。ただ、使える色の数が他ではこれほどないのかもしれません。最初は4色だったのが、今では22色あります。特殊インクが多いわけではないのですが、メーカーに細かく色を問い合わせて、作ってもらうこともあります。最近では金色をモニターしました。多色刷りの技術はそれなりにあります。ただし、それほどの技術では、ないんです(笑)。
H おっと、また余裕のジャブが(笑)。金色が加わったら、お祝い事の印刷も含めて、広がりそうですね。
レ そうなんです。でも、けっこう色が落ちますけどね。
H 金って食べられるくらいで身体にいいんだから、多少落ちたって構いませんよ(笑)
レ 金はむちゃくちゃ好評なんです。後ろに金色で刷った年賀ハガキを並べていますが、サンプルとして持って帰っていただけます。金は角度次第できれいに見えて可能性が広がります。
H 金ときたら銀、メタリック系は欲しいですね。色にしても、技術にしても、意外なものではどんなものがあるのですか?
レ これからメーカーさんと相談したいと思っています。広げないとネタがだんだん切れてきましたし(笑)。そうやって組み合わせる多色刷りの技術は、蓄積できていると思います。というより、クリエーターの方やデザイナーさんの要望に応えていこうとしたら、幅が広がっていきました。結果論ですが(笑)。そのせいか、取材もアート系やクリエーター系の雑誌からが多いんです。『かわいい印刷 DM、ショップカード、名刺 自分だけの紙もののつくり方』(2010年)に紹介されたことも注文が増えるきっかけのひとつでした。ただ、いちばん注文を増やしてくれているのは、実際に印刷したチラシやフライヤーそのものです。
H というのは?
レ 心のこもったチラシやフライヤーというのは、宣伝物というよりも「作品」なんです。だから、そのものが頒布されることが、いつしか宣伝になっていました。リピーターが多いですし。
H なるほど~。印刷する紙にも面白いものが多いですよね。先日の挨拶状の印刷では、いろいろとあるので決められず困りました(笑)。
レ 困らせてすみません(笑)。でも、実は紙こそ、いまや大変なんです。
H え、大変?
(前編・了) ※後編はこちら
レトロ印刷JAM
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