世界のビジネススクールの最前線で活躍する「経営学者」が取り組む研究をわかりやすく紹介した本だ。下世話な話で恐縮だが、居酒屋で繰り広げられる自社の経営談義に、鋭くもの申すための知恵の実になる。
早速、1つの研究を紹介しよう。
「ソーシャル」。
ソーシャルゲーム、ソーシャル・キャピタル、ソーシャル・アントレプレナーなどいたる所で使われるが、厳密な定義は存在していないそうだ。人と人との関係性や、社会性や、人の役に立つとか、使われるときと場合によって、なんとなく使われている。
経営学者の間でも、極めて重要な一大潮流の研究テーマとなっており、「ソーシャル」を分析する枠組みは大まかにソーシャル・キャピタル、関係性のソーシャル・ネットワーク、構造的なソーシャル・ネットワークの3つに分類されている。
中でも、構造的なソーシャル・ネットワークでは「ストラクチャー・ホールは給与をあげるか?」と下世話な話を、真剣に研究している。
簡単にストラクチャー・ホールを説明すると、3人の関係性において、両方の存在を知るAさんと、Aさんしか知らないBさんとCさんがいる状態であり、そのとき、BさんとCさんの間に隙間があり、Aさんが得をする。これがストラクチャー・ホールの基礎である。
シルクロードの商人から、卸問屋、国と国をつなぐ商社はこれまでストラクチャー・ホールを利用し、ビジネス活動を行ってきた。しかし、インターネットの発達と規制緩和により、現在、ストラクチャー・ホールが埋まりつつある。流通業などは影響をもろに受け、苦しい経営状況に追い込まれている。
さて、このような状況下でストラクチャー・ホールを多く持つ個人は、給与をあげることができるのか?はたまた下がってしまうのか?そして、国による違いはあるのか?
このまま、次の研究に移ろう。ビジネスにおける国民性の違いも経営学の研究テーマの1つだ。欧米人と比較して、「日本人は集団主義で…」というのは、居酒屋トークの定番を越えて、常識になりつつあるが、研究の成果はその期待を裏切る結果が出ている。ホフステッド指数によれば、日本人は69ヵ国中32番目に個人主義思考が強い。上位はアメリカやイギリス、オランダなどが存在するが、中国やインドネシアなどのアジアの国々は日本より個人主義的な傾向が弱い。
ホフステッド指数を応用して、国民性の距離も測る研究もある。日本と一番近いのは、意外や意外ハンガリー、二番目はポーランドである。一番、離れているのは、オランダやスウェーデン、そして、アジアの他の国々も日本と国民性が近いわけでもないという結果が出ている。東アジアよりも東欧、外務省の調査でも、日本にも好意的な結果が出ており、あながち間違いではなさそうだ。
さて、ここまで2つの研究を紹介してきたが、総論に入ろう。経営学には三大流派が存在する。ディシプリンが異なれば、同じ「企業とは何か?」というテーマでも、まったく視点が異なってくる。本書で登場する研究テーマに添えて紹介しよう。
まず、経済学ディシプリンは「人は本質的に合理的な選択をする」という仮定をのもと、展開される。本書では、第4章「ポーターの戦略だけでは、もう通用しない」第12章「不確実性の時代に事業計画はどう立てるべきか」など、読みたくなるテーマが出そろう。
対して、認知心理学ディシプリンは、古典的な経済学が想定するほどには人や組織は情報を処理する能力がなく、それが組織の行動にも影響しているという前提に立っている。第5章「組織の記憶力を高めるにはどうすればよいか」第7章「イノベーションの求められる「両利きの経営」とは」など、イノベーションに関心のある方は興味をそそられるはずだ。
3つ目の社会学ディシプリンは、上記で紹介したやソーシャルの研究に代表されるような、社会学の考え方を応用したものである。経営学と聞くとビジネスの分野とついつい偏見を持ってしまうが、結局のところ、人間の集団の意思決定を分析することに他ならない。
そして、本書で一貫して述べられていること、それは経営学は企業経営の真理を探究すること、つまり科学を目指している。より正確に著者はこう表現している。
社会科学になることを目指して研究者が日夜奮闘している発展途上の分野
居酒屋トークの先にある、理論と統計分析を駆使した知のフロンティアの熱気を、本書で体感してもらいたい。
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アメリカの経営学=ドラッガーではない。噛み砕くと、ドラッガーの言葉はビジネスマンの心に刺さる名言であっても、科学的に構築・検証されたものではないと、上記で紹介した著者は言う。もしドラッガーを科学的に勉強するならば、クレアモント大学のビジネススクール、通称ドラッガー・スクールで研究するのがおすすめのようだ。
理論や統計分析とはほど遠いが、寓話や童話は頭に残りやすく、居酒屋でもオフィスでも役立つはずだ。