ひさしぶりの天文学の解説書である。問題なく今年の私的TOP10候補だ。著者は宇宙物理学と天文学の研究者だったが、いまは陰謀論やエセ科学を叩きながら、科学読み物を書いている科学ライターだ。
原題は『Death From The Skies!』。ノストラダムスの『King of Terror Descending From The Skies』(恐怖の大王が空からやってくる)が念頭にあるようだ。したがって、邦題は原題そのままに『死が空からやってくる』にするべきだったかもしれない。
ひとことでいうと、宇宙から地球に降りかかる9つの災厄を科学的に解説したものだ。その9つとは 1.小惑星の衝突 2.太陽フレア 3.超新星 4.ガンマ線バースト 5.ブラックホール 6.エイリアン襲来 7.太陽の死 8.銀河による破局 9.宇宙の死だ。もっとも起こる確率が高いのは小惑星の衝突で、平均寿命あたり70万の1の致死率だ。これはアメリカ人がテロで死ぬ確率よりも高いという。
残りの原因で死ぬ確率は0に近い。7、8、9は100%の確率で起こるのだが、最短でも数十億年先の現象である。案外驚くのは超新星の爆発による放射線の影響で死ぬ確率が1000万分の1、ガンマ線バーストが原因で死ぬ確率は1400万分の1もあるという。ブラックホールに遭遇して死ぬ確率は1兆分の1だ。エイリアンは不明。
本書は宇宙物理学の啓もう書であり、難しいことを軽妙な文章で説明する良きお手本にもなっている。宇宙物理学といっても言葉だけで理論を説明しつづける入門本とは異なる。著者自らが計算をして、数字を使って徹底的にビジュアル化しているのだ。例をあげてみよう。
最初に太陽フレアが発見されたのは1895年9月。計算してみると1メガトン級の核兵器150億個ぶんに相当するエネルギーが放出された。2005年の太陽フレアでは、太陽から光速の2分の1のスピードで陽子が飛んできた。1970年代に入ると、太陽フレアを遥かに上回る規模のコロナ質量放出(CME)という太陽の現象が観測できるようになった。1989年3月のCMEではマイクロチップメーカーが操業停止し、多くの人工衛星が800メートルも高度を落とし、カナダのケベック州では600万人が停電で被害を被っている。
ガンマ線バースト(GRB)とはブラックホールの現象だ。物質はブラックホールにどんどん吸い込まれていくが、そのうちに降着円盤という構造ができあがり、やがてビームを形成することがある。これがGRBだ。太陽の10億倍のさらに10億倍のエネルギーがビームに注ぎ込まれる。そのビームが地球を狙っていたら大変なことになるというのだ。100光年先でこの現象が発生すると、地球では全地表で1メガトンの核爆弾を1.6キロメートル四方に1個づつ爆発させるほどの威力になるらしい。
本書はこれらのいっけん難しそうな内容をじつにうまく説明する。読者の興味を惹き続けるテクニックも秀逸だ。「何百万ものブラックホールが、この宇宙にひそんでいるんだって?ひょえーっ!。まあ、そうなのだ。やばそうな話ではないか。」などという表現がどんどん出てくる。原書も素晴らしいのだが、翻訳が完璧だ。
章としては2章と4章が圧倒的に面白い。つづいて3章と5章がおすすめ。ここまでで2000円の価値は十分すぎるほどある。7章と8章が宇宙論などの本を読みなれている人は良い復習になる。1章と6章、9章はおまけだと思って読んでみるのがよいかもしれない。ただし、8章P317からの「円盤旅行」はお忘れなく。なぜ6400万年ごとに地球で大絶滅が起こるかの仮説が提示されている。太陽の銀河内での動きが関係しているというのだ。
純粋な科学読み物だが帯の推薦文は椎名誠だ。かなりの違和感があるが、少なくとも茂木健一郎ではない。編集者が真面目に作った本であることの証だ。ところで、本書の訳者である斉藤隆央の訳書では『ミトコンドリアが進化を決めた』『ゾウの耳はなぜ大きい?』などが記憶に残っている。