まだ3年もたっていないのに、ドバイの話などは古い感じがする。
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祇園町で遊ぶたびに不思議に思っていたことがある。あちこちに張ってある「蘇民将来之子孫也」という紙のことだ。札幌生まれの筆者には意味がわからない。蘇といえば古代のチーズだったはずだ。じっさい祇園町にあるKという料理屋でも食べさせてくれる。チーズをつくる民の将来は子孫繁栄とでもいうのであろうか。
『牛頭天王と蘇民将来伝説』はこのおろかな疑問を解決してくれた。牛頭天王とは半牛半人の姿をした祇園精舎の守護神のことであり、蘇民将来はその神を助けた人物だというのだ。牛頭天王は蘇民将来に感謝し、その子孫まで守護すると約束したため、人々は自分がその印であるお札を貼るというわけだ。
この牛頭天王伝説が明治時代にスサノオ伝説と習合され、京都の祇園社は八坂神社と名前をかえさせられた。本書ではこのメインストーリー以外にも牛頭天王の子どもたちである八王子の起源やクレタ島のミノタウルス伝説などが盛り込まれて楽しい。
それにしても、お札さえ張ってあれば、蘇民将来の子孫であるとして誰でも守ってくれるのだから、牛頭天王とは気の良い神様である。この神を「取材」するために著者は米国ワシントン大学所蔵の古書を使ったという。もともとはインドの神様なので国際的でもあるのだ。
今月買った本の中で、最も装丁が気に言っているのは『エレクトリックな科学革命』だ。「フレミングの法則」をモチーフにした色鮮やかな表紙が目をひく。タイトル文字もおしゃれでよい感じだ。
原書のタイトルを直訳すると「電気的な宇宙」なのだが、翻訳本のタイトルのほうがはるかにかっこよい。単行本としての矜持をもったタイトルである。
本文中では電気にまつわる科学者のイラストが十二点使われているのだが、電気というポップな現象にぴったりな細い線のイラストで、これもおしゃれだ。それにしてもほとんどの科学者が禿げているのには笑った。
ところで本書は海底ケーブル、レーダー、コンピュータや神経など電気を切り口にした科学入門書だ。電気と電気を利用した技術がいかにして発見、発明されたかを楽しく紹介してくれる。科学史や経済学史など、学史研究や学史教育を軽んじる傾向のある日本では、このような良質のポピュラーサイエンス本が出てこない。自動車産業やゲーム機などの成功などではしゃいでいる間に、若者の科学に対する興味は欧米から取り残されてしまうかもしれない。
今月のお役立ち本は『イスラム金融入門』である。銀行や証券会社、保険会社だけでなく、イスラム諸国との取引をする会社にとって必須となる知識が満載だ。原油高による中東諸国の台頭、アジアのイスラム諸国の勃興など、イスラムを理解しなければ日本が生存できない未来がそこまで来ている。イスラム教を学べばイスラム世界の全てを理解できると思うのは誤りだ。芸術や金融もイスラムの一部だからだ。
テレビの影響でイスラムの人々は朝から晩まで礼拝をしているイメージがある。しかし、礼拝が終わると数兆円という資金を動かしている人や超高層ビルを建設している人がいることも事実なのだ。
ちなみにドバイに建設中で来年竣工の百六十階建て高層ビルの高さは八百メートル。高所恐怖症の観光客相手に一階で航空保険が売れるかもしれない。ただし、イスラム保険でなければならないので、この本を読んでおく必要がある。
さらにドバイでは全ての階がばらばらに回転する六十八階建のビルも計画されている。昔、赤坂のホテルニューオータニの最上階が回転していたが、それが六十八階分あるというわけだ。それどころか、ドバイではビル全体がベリーダンスを踊っているように見えるビルも計画中だ。そして、クウェートでは高さ千メートルのビル建設が計画されている。
今月のお買い得本は『文豪・夏目漱石』。じつは江戸東京博物館で開催されていた同名の展覧会の公式ガイドブックなのだが、展示されていた文物の写真が大量に掲載されている。中でも気に入ったのは漱石がロンドンから買ってきた絵本。ドレスを着た子どものメス象が、棚の上にある缶詰を鼻でつまみ食いしている絵がかわいらしい。百年前の絵本なのだが、いまでも間違いなく売れそうだ。漱石の作品と同様に著作権はすでに消滅している可能性が高い。
じっさい国立国会図書館では漱石の作品を含め、著作権処理の終わった十五万冊の図書をインターネット経由で閲覧できるようにしている。パソコンさえあればいつでも無料で本が読める。ただし、発行当時の本をイメージ化しているため旧仮名遣いのままである。
ところで、日本では著作権の保護期間は作者の死後五十年間だが、ミッキーマウスの母国アメリカでは死後七十年間だ。ウオルト・ディズニーは一九六六年に亡くなったので、二〇三六年になると文字通りミッキーは人類の共有財産になるのだ。中国の遊園地が首を長くして待っているに違いない。