トヨタのリコール問題が拡大するさなか、まるでそれを予見でもするかのように出版された本だ。著者は本書『創るセンス 工作の思考』で、アナログからデジタルへの転換によって生じたギャップにスポットライトを当てたかったという。
まさにプリウスのブレーキ問題はアナログとデジタルの狭間で起こったトラブルだった。本書によれば、いまの現場で活躍している工学の第2世代は、技術分野が広がり、知識の量が増えたために、知識入力が学習の大部分にならざるを得なかったという。
そして、数字や文字に展開されたデジタルのデータだけで、もの作りをしなければならなくなったというのだ。教育上の問題として「上手くいかないことが普通だ」ということを教えずに、「こうすれば上手くいく」ということだけを教えてしまったことだという。
著者は大学で工学を教えていた傍ら推理小説を書きはじめ、ベストセラー作家となった森博嗣だ。森が小説を書きはじめた理由は趣味の模型を作るための資金稼ぎだった。つまり、教育者でもある模型の達人が工学の死角を語りながら、その処方箋を示しているのが本書なのだ。
しかし、いっぽうで本書は工学の現状分析にとどまらない。大量生産とは反対のマニアックな価値、希少な製品を生み出すためのエッセンスも語る。それは森が前述のように人気作家でもあるからだ。自身は小説家というよりはメーカーであり、1人だけのベンチャー企業だったと言い切る。
つまり、工学の現場とこれからのものづくりを考える上で、誰でも安易に語ることができる制度論や政策論などに溺れず、手を動かしながら工作することの価値を語るのが本書である。
本書のなかで著者は、子供を持つ親に対して助言を与えてくれる。非常に逆説的であり、示唆に富んでいる。たとえば「幼さという能力」をどう育むについては本書を読んでのお楽しみだ。