ともかく読みにくい本である。おそらくドイツ語の原著も読みにくいのだろうが、翻訳の出来についても疑いがある。イギリス人などがいったん英語版に翻案し、それを日本語に翻訳したものを読んでみたいものだ。しかし、内容は驚くべき視点で構成されており、戦慄を覚える。
ある国や地域で人口が爆発的に増加することによって、外向きの人口移動の圧力が発生し、地域の不安定化や戦争の原因になるという仮説である。より具体的には人口の増大の結果として若い男子が増えるために争いが始まるというのだ。
著者はこの過剰に生まれた若者の塊を「ユース・バルジ」と呼ぶ。もともとは浮力をかせぐために船の両舷をぷっくりと膨らませてある部分がバルジだ。繰り返しだが、このユース・バルジは単に人口の爆発的な増加によって発生する。著者による「日本語版に寄せて」でそのイメージがつかめる。
いま問題になっているガザ地区では1950年から2008年までの間に、人口は24万人から150万人に増えた。仮に日本の人口増加率がガザ地区なみであったら、現在の日本の人口は5億2000万人になっているというのだ。平均年齢は44歳ではなく15歳だ。そして1億3000万人の少年たちは2023年までに戦闘年齢と称される15-29歳に達する。
この場合の戦闘年齢とは単に戦闘が可能であるというだけではなく、次男・三男などの長男以外の男子は自分の居所やポストを求めて、外へ戦闘的に出て行くという意味だ。著者は15世紀のヨーロッパに遡ってそれを証明しようと試みる。15世紀末にヨーロッパ全土で避妊が処罰されるようになったことから、男子の過剰が発生し、スペインやオランダの新世界への進出が始まったと説明するのだ。
著者は貧困や飢えからテロリストが生まれるのではないという。殺人を犯すのはステータスと権力に目がくらんでのことだと断言する。むしろ何にでも使える力と時間と自由をもっているからなのだというのだ。イスラム国家は1900年から2000年の間に1億5000万人から12億人に増えた。同時期に中国は3倍になっただけだ。これがイスラム諸国の外向きの力を発生させていると示唆しているのだ。
とはいえ、本としては行儀が悪い。中には1ページ中に6冊もの大量の参考文献を参照するのだが、引用ではなく結論だけを本文で紹介することが多い。人口学的なマクロ分析がほとんどで次男・三男の行動分析などのミクロについては全く触れることはない。さはさりながら、じつに面白い本だ。この仮説、理論をもとにこれから多くの本が書かれるに違いない。
それにしてもこの本の帯にも佐藤優の推薦文が載っている。書店には佐藤優と茂木健一郎の名前が溢れかえっているのを見るにつけ、商売人でないこの2人は本人が気づくこともなく、出版界の僅かな儲けのために消費されてしまうのだと思うと物悲しくなる