時間がかかった科学物のあとで、気軽に読める感触があったので本書を手にとってみた。著者は日本テレビの夕方ニュース番組に出演中の田宮榮一コメンテーターだ。ご本人は警視庁の警ら部長やヤマト運輸の代表取締役専務なども勤めているのだが、その長いキャリアのなかで1年半ほど在任した捜査一課長時代の思い出を語っているのが本書だ。
昭和57年から58年にかけての話だから、全編を通じて演歌の匂いがする。しかしそのおかげで意外とは言って失礼だが面白い本に仕上がっている。帯には「実録犯罪捜査ファイル」とい宣伝文句が書いてあるが、実際は「昭和人情捜査官物語」という感じなのだ。
犯人を検挙した報告でお線香をあげに、捜査員がひと間だけの質素な被害者宅に行った。未亡人となった被害者の奥さんが、半分飲んだ日本酒の一升瓶とビールを2本を差し出して「これしかないのですが、あの人からのお礼です」と言ったのだそうだ。その捜査員の報告を聞いて捜査本部は水を打ったような静寂が流れたという。ドラマでこれをやってはウソくさくなるが、本当の話なのだ。
犯人が死体を海に捨てたため、被害者の死体が見つからないまま裁判に臨まなければならない事件があった。犯人は一旦は自供したのだが、裁判では否認する可能性もでてきた。そこで田宮捜査一課長が取った奇手というのが秀逸なのだ。さすがにネタバレすぎるので書かないが、人の心を読みながら、冷静に戦略を練る。
ほかにも神楽坂の寿司屋で捜査のヒントを聞く話、笹塚十号通り商店街の居酒屋の話、新宿2丁目の情景など、登場する場所もじつに演歌が似合うところばかりだ。あえて本書に星を付けるとすれば★☆☆だ。なんせ話が古いのだ。