都市の暮らし方の新しい常識を構想している研究会がある。その名は「HOUSE VISION」、長野オリンピック開会式のプログラム、愛地球博の公式ポスターなど日本の文化に根ざした仕事を行ってきたデザイナー原研哉が発案した。HOUSE VISIONは多様な技術産業の交差点に「家」がある考え、「家」から新しい日本の産業ビジョンを構想する壮大なプロジェクトである。
かつて右肩上がりの経済状況下では「住宅」は「不動産」であり、住宅産業は金融業の一環であった。20年後には倍になる財産であることを前提に、限られた土地からいかに効率よく「2LDK」を切り出すかにデベロッパーは腐心し、家を買う側も「住まい」より「不動産」を見ていた。
経済が成熟期に入り、マンションや住宅の販売戸数は減少した。家族の形も変わった。1960年には4.14人だった世帯構成人員が2010年には2.42人に減少し、1人世帯と2人世帯が60%弱を占めるようになり、家を考える前提も変わった。人々の住宅に対する意識も変化した。紋切り型の家に生活をあわせるのではなく、自分たちの幸せな生活を見定めたうえで、それを住まいとして実現しようと試みはじめている。
変遷する人口動態、人々の意識と成熟した経済、激変する時代の中で「暮らし方」と「住まい」を真剣にディスカッションする研究会が2011年にスタートした。が、第一回研究会の4日後、東日本大震災が起こった。震災を挟んで開催された第二回研究会の冒頭で原研哉は、
復興の槌音が聞こえてくるまで態度を保留にするのではなく、それも踏まえた上で、日本の住まいのカタチを捉え直していくHOUSE VISIONの活動は粛々と進めていきたいと考えています。
と考えを表明した。震災で動きをとどめるのではなく、震災後の日本の在り方も視野に入れ、研究会は回数を重ねていった。その成果をまとめたものが本書であり、研究会やシンポジウムに登壇した建築家とデザイナー21名+企業12社の家のアイディアとビジョンを集約している。
内容は多岐に渡る。ディベロッパー大胆な構想や建築家のリノベーションのアイディアにハッとさせられつつ、最近話題のコミュニティデザインやスマートシティの最新事例、アジアに影響を与える日本の美意識など各種揃っている。ここでは、次世代のライフスタイルを提案するメーカーの最新テクノロジーを3つ、映像や写真を交えて紹介してみたい。
もう浴室は必要ないかもしれない。今年のミラノサローネで話題になったLIXIL Foam SPA。
ジャグジーの泡風呂ではない、上半分が泡で、下半分がお湯になっている構造で、その泡の体感は“作りたての暖かいホイップクリームの塊に溶け込む”ような感触だそうだ。この製品は新しい入浴の概念を提示するだけでなく、水問題が顕在化する21世紀の世界を見据えて創られた製品という側面も持っている。
測定機能付きトイレ。TOTOが考える未来のトイレは人が便座に座ったときに自動的に体重、血圧、体温を測定するものだ。収集した情報は通信機能を通じて医療機関と共有することで、健康管理を無意識に行えるようになる。生活のルーティンに入り込みずらい体重測定や血圧測定を人間にとっての必須の行動である排泄のタイミングでできるのは画期的だろう、これで遺伝的要因が原因と言われる先延ばしを回避する可能性が高まる。
家の中だけではない。ソニーの新社屋「ソニーシティ大崎」の外装材に採用された「バイオスキン」は、陶器製の管の内側に雨水を通し、にじみ出る水分が蒸発する際の気化熱で外部の空気を冷却し、ビル内部の空調負荷を軽減し、ヒートアイランド現象の抑制に効果を発揮する。
シュミレーションの結果では水が流れているルーバーの表面は、水を通していないものよりマイナス10度となり、周辺環境の温度も2~3度低下するようだ。
このプロジェクトの次なる一歩はHOUSE VISION東京展2013である。建築家やデザイナーと企業がタッグを組み、潜在しているものを「かたち」にし、まだ誰もが見たことのない「家」の未知なるかたちを、展覧会を通じて結像させる。会場設計は隈健吾。東京での開催後は北京、シンガポール、ムンバイでの開催を検討している、それはアジアへ日本の「家」を輸出する産業ビジョンへとつながっていく。展覧会を待ちきれない人は本書を購入して、思索を巡らせてはいかがでしょう。
——-
HONZ既出の住まいや建築に関する本を洗い出した。並べてみると面白い!