ロンドン五輪の熱狂覚めやらぬ中、銀座で行われたメダリストのパレードには50万の観衆が駆けつけた。史上最多の38個のメダルを獲得した五輪のヒーロー・ヒロインたち、真剣勝負の険しい表情も凛々しいが、晴れやかな笑顔も見ていて気持ちが良いものだ。
栄光の勝利、そして歓喜の渦の中にあっても、天才アスリートは自分を支えてくれた人々への感謝の言葉を欠かさず口にする。彼らは大きな壁にぶつかったとき、見守り、救ってくれた人たちがいたからこそ、今の自分があるということを知っている。
しかし裏を返せば、アスリートの悩みは恩師たちの悩みでもある。一流選手の影に一流の恩師あり。本書では、ロンドン五輪・日本代表を支えてきた6組7名の恩師たちのエピソードが紹介されている。いずれの話も、人を育てること、何かを伝えることに思いのある方への示唆に富んでいる。
競泳日本代表のヘッドコーチを務めた平井伯昌の教え子には、北島康介、中村礼子、寺川綾といったトップスイマーが名を連ねる。中でも2004年のアテネ、2008年の北京と2度のオリンピックで平泳ぎ100、200mの2種目を制覇した北島は、まぎれもなく日本の競泳史に残るスイマーである。
平井が北島とであったのは彼が中学2年のとき。スイミングクラブでは北島への評価は決して高いものではなかったが、平井は「北島の眼差しとまっすぐな姿勢に、将来性を見出し」、「オリンピックを狙える、メダルを取れる選手だ」との印象を受ける。
北島の育成にあたっては「逆算して指導を始めた」と平井は語る。まだ中学生であることを考えれば、ピークとなるのは先だから、まずは基礎的な部分から。一つ課題をクリアしたら次のステップに進む、といった具合だ。
この頃、平井はコーチになって10年目、教えていた選手たちが高校生の半ばほどで伸び悩んでいた事実を目にしていた。教え子を指示待ち人間のようにさせていた、「高校生で頭打ちにならず、その先も成長していくためには、段階を踏んで、自分で考えていける割合が大きくなっていかなければいけないんじゃないか」と考えた平井。
さっそく実践とばかり、「言葉」にも気を遣い北島の成長を促す。「オリンピックで金メダルを取るぞ」と何度も言い、中学の全国大会、平泳ぎ100mを1分5秒で制した北島に対し、「康介、59秒台(※当時、前人未到の世界記録)ってどうしたら出ると思う?」と傍から見ればまるで夢物語のお話。しかし、これらは皆、未知の世界記録レベルに少しでも触れさせようという弟子への思いから出た言葉の数々であり、後に現実のものとなる。
北島の才能開花の裏側には、地道な課題解決に二人三脚で取り組み、肉体的・精神的リミッターを取っ払う想像力を喚起し続けた名コーチ・平井のこうした働きかけがあったのだ。
コーチの言うことを
すべて聞くような社会人じゃ
伸びていかない
セルフマネージメントが必要
(平井伯昌)
その他のエピソード、メダルを目指したアスリートたちの原点と、その指導マネジメントはぜひ本書を手にとって読んでいただきたい。
28年ぶりのメダル獲得に沸いた女子バレー。その主力メンバーであるエース・木村沙織、キャプテン・荒木絵里香を輩出した下北沢成徳高等学校の女子バレー部監督・小川良樹は、「ひたすらレシーブに耐え、スパイク練習を延々と繰り広げる」という、強豪バレー部にありがちな姿勢とは”正反対”の指導を行っている。そこにある発想の転換とは?
才能に優れるチームには
「自分のチームが好き」とか
「バレーボールが好き」という
環境づくりで勝負しよう
(小川良樹)
レスリング指導の第一人者たる栄和人の教え子には、オリンピック三連覇の偉業を成し遂げた女子レスリングの吉田沙保里(55kg級)と伊調馨(63kg級)。栄自身、現役時代は無敗記録を打ち立てるも大一番での敗戦と挫折を味わう。くしくも、48kg級で金メダルに輝いた小原日登美もまた、かつて栄が指導し、挫折を経験して栄のもとを去っていった。選手として、指導者として、自問自答を繰り返してきた栄のメンタリティとは?
いろいろな壁に
ぶつかっている人間でなければ
伝えられない部分もある
だから僕がいる
(栄和人)
今回の五輪、メダリストのインタビューで恩師への感謝とともに印象に残ったのは、本番を「楽しむ」というセリフ。アメリカ人などには、よくここ一番の場面で”Enjoy!!”という言葉をかけられるが、そこには「今まで出来る限りの準備をやってきたんでしょうから、あとは開き直って普段どおりの力が出せれば大丈夫」といった、楽天的な励ましの気持ちが込められているように感じられる。
第一線で活躍するアスリートのほとんどが年下になってしまったが、彼らの感覚には「頑張れ」より”Enjoy”の精神のほうがしっくりくるようにも思える。世界の大舞台で躍動する姿に、私も多くのことを感じ考えさせられる。最高のパフォーマンスを披露してくれる一流選手は、我々にとって最良のメンターでもあるのかもしれませんね。
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競泳日本代表ヘッドコーチ平井伯昌氏の、常識にとらわれない思考法を紹介。種目も性格も年齢も違うトップスイマーのやる気と能力をいかに引き出したのか、「平井式メソッド」の秘密に迫る。
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