本書の中身のすべてが肯んじられるものではないが、一読する価値は多いにある。
このまま気候変動の危機が続き、大量破壊兵器が拡散すれば、人類が完全に絶滅する可能性がある,という測り知れない地球と人類への危機感からスタートとしている。描かれている危機感もビジョンも日常生活から想像するには巨大すぎて、圧倒される。
そもそも何度目の革命だ、突っ込みを入れたくなる方もいるだろう。何が革命で何が革命でないかの定義は、学者の間で議論が続いているようで、定義はその議論の結果に期待するとして、とりわけ産業革命に集中したい。もちろん産業革命の定義にも様々あるが、仮説として「新しいコミュニケーションと新しいエネルギーが結びつき、一体となったときに起きている」と著者は考えている。第一次産業革命は印刷術と石炭を基盤とした蒸気機関の登場で、第ニ次産業革命は電話やテレビ・ラジオなど電気通信技術と石油を利用した内燃機関が発達して可能になった。それでは三回目の産業革命は何と何が結びついて結実しようとしているのか、そこから紐解きをはじめたい。
インターネットという新しいコミュニケーション手段に再生可能なエネルギーが結びつくことで第三次産業革命は起こる。この2つが結びつき、革命を成り立たせるには5つの柱が必要となってくる。
1.化石燃料エネルギーから再生可能エネルギーに移行する
2.世界各地の建物を再生可能エネルギーの収集ができる小型発電所に変える
3.すべての建物とインフラ全体に水素などの貯蔵技術を配備して、間欠的に生じるエネルギーを貯蔵する
4.インターネット技術を利用して、すべての大陸の電力系統をインターネットと同じように機能するエネルギー共有インターグリッドに変える
5.すべての輸送手段を電気自動車や燃料電池式の車両に変える
この5つが実現した未来はこんなだろう。再生可能エネルギーを建物や家が生み出し、余った電力の一部を水素として貯蔵し、天候不順などへ対応する。各家庭やビルで生産された電力は効率化された配電網を活用して売買される。再生可能エネルギーを活用したプラグイン充電式や燃料電池式の車両で移動し、各地に配置された充電ステーションで充電する。これが第三次産業革命で生まれる物語の大筋である。まだこの物語は一般市民の想像力をつかむ説得力のある物語になっていないし、社会を動かす枠組みも不完全なままだ。過去の産業革命のプロセスを考慮すると、移行期間は半世紀ほどかかると予測されている。
この物語は所謂スマートシティ構想やスマートグリッドの一種で、小規模のパイロット・プログラムや実証実験が先進諸国&新興国で実施されている内容だ。話は逸れるが、日本の震災の影響もあり、2012年度からはその勢いが本格化し、金融界からは「スマートシティ元年」という言葉も出始めている。スマートシティ全体への投資予測額はブーズ・アンド・カンパニーの調査によると、2030年までに世界で41兆米ドル(1米ドル80円の換算で約3280兆円)という途方もない数字になる。
著者もただ理想を叫んでいるだけではない。ローマ市、モナコ公国、ユトレヒトなどで5つの柱を軸に第三次産業革命を実現に移そうとしている。その実践の模様はドイツのメルケル首相など政治家やIBMなど大手企業とのやり取りを含め、自称インサイダー本にふさわしい大胆な内容だ。帯で推薦しているソフトバンク孫正義氏も震災後、エネルギーに非常に熱心だ。孫氏とのやり取りは本書内には記載がないが、二人の関係性もかなり気にはなる。
本題に戻ろう。ここまでを見ると、なんだスマートシティ、スマートグリッドの本か、とお思いかもしれない。第三次産業革命とは大げさではないかとお思いかもしれない。そうではない。章立てを見てほしい。
Part1 第三次産業革命へ
第1章 だれもが見過ごした真の経済危機
第2章 新しい物語
第3章 理論を実践へ
Part2 水平パワーの波
第4章 分散型資本主義
第5章 左派・右派を超えて
第6章 グローバル化からコンチネンタル化へ
Part3 協働の時代
第7章 アダム・スミスとの決別
第8章 教室の改革
第9章 協働の時代へ
期待を裏切らない大胆な未来予測本である。化石燃料に依存した中央集権的な体制から、自宅で再生可能エネルギーを使って発電し共有するエネルギーの民主体制への変換をテコにして政治、教育、経済の新たなパラダイムシフトを大胆に展開していく。過去2回の産業革命の歴史から証拠を引用し並べ立て、それに関連する現在の起こっている出来事をプロットし、そこから未来を覗き込むように大胆に構想していく。
政治では従来の地政学的政治から生態学的な考え方に沿って、包括的な生物圏政治へゆるやかに移行していく。経済では「神の見えざる手」アダム・スミスからスタートした現在の標準的な経済理論から決別し、熱力学の法則に従ったモデルが生まれる可能性を示唆する。次世代を育てる教育のパラダイムシフトは本書の内容をすべてを統合する重要なコンセプトだ。この3分野の未来に大きな展望を持ちたい方はぜひ、手に取ってほしい。
最後に、非常に挑発的な人物で評価も分かれている著者ジェレミー・レフキンを紹介する。未来を予測する卓越した思想家として認められている一方で、「科学を仮装した扇動家」という酷評もある。これまでの著作のタイトルを見て頂ければ、その意味合いも想像できるだろう。
1945年にデンバーで生まれ、ペンシルベニア大で経済学を専攻。60年代末には反戦デモに参加し、その後本格的な市民運動を始めた。過去10年にわたり欧州連合(EU)の顧問を務め、EUの第3次産業革命における長期的な経済的持続可能性に関する計画の中心的立案者である。
デモに参加する市民活動家からEUのアドバイザーへ?この大きな飛躍に対する違和感はHONZ恒例の著者インタビューに登場してもらうとしよう。そのタイミングでもう少し、第三次産業革命と著者を深堀りして紹介したい。
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2025年、私たちはどんなふうに働いているだろうか?『第三次産業革命』の内容を重ねながら読むことができる未来の働き方を示唆する一冊。そんなに内容は新しくないが、しっかりまとまっていて考えの整理に最適。
職業は違えど、著者の行動と建築家レム・コールハースの行動様式が類似しているようなしていないような。