就活生と話していると、面接で語るエピソードがないという人が多い。あったとしてもせいぜいサークルやアルバイトでのチョロッとした武勇伝で、これではほかの凡百とカブってしまうのだ。そこで極端な例として「日本百名山を麓から眺めた」などというエピソードを無理やり作ればいいじゃん、などとアドバイスしてきた。海外旅行より安上がり、発想はおもしろいが、どこかバカバカしく、とはいえ日本中を見て歩くことになり、写真も記憶も一生ものだし、面白いヤツだなあ、と採用してくれる奇特な会社があるかもしれない。
でも実際にやってみる人はいないだろうなあと思っていたら、なんと本が出てきた。出版社は「山と渓谷社」だから真面目な本である。富士山では河口湖駅を出発して久保田一竹美術館、河口湖大橋、大池公園などを回って河口湖駅に戻る2時間10分の散歩である。「ちい散歩」程度の時間だし、晴れだったら気持ち良いだろう。八ヶ岳では清里駅を起点として美し森山、羽衣池、県立八ヶ岳牧場展望台、天女山を経て甲斐大泉駅までの4時間5分。ぜんぜん土地勘がないので判らないが、写真を見る限りとてもきれいだ。ほかには霧ヶ峰、穂高岳、磐梯山、八甲田山などの周囲を巡るコースなどが写真とコラムと地図付きで紹介されている。ただし、本書取り上げられている山は東北、関東、信越など首都圏から足を運びやすい山々で、中部以西と北海道はまったく取り上げられていないので要注意。
じつは日本百名山は昔から伝承されてきたものではなく、本のタイトルである。作家深田久弥が「山の品格」「山の歴史」「個性のある山」の3つの基準で100の山を選びエッセイで取り上げた。以来『日本百名山 山あるきガイド』『鳥瞰図で楽しむ日本百名山』『日本百名山クルマで行くベストプラン』『日本百名山地図帳』『NHK 「日本百名山」 サウンドトラック』などなど無数の出版物が世に出てきた。深田久弥は自分が登った山のみを百名山にしたため、北海道の駒ケ岳や北陸の笈ヶ岳などは入らなかったという逸話も残っている。ともあれ『日本百名山』はリビングルームクライマーにとっても名著であることは間違いない。