『幻聴妄想かるた』――こんな「かるた」があるのです

2012年6月7日 印刷向け表示
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今回は「かるた」を紹介しましょう。「かるた? なんのこっちゃ?」と思われた方も多いはず。医学書院の知り合い編集者のツイートで知ったこの一冊(いちおう書籍コードがついているのです)、私もまったく同じ感想でした。昨年末の刊行なので少々時間が経っていますが、「これを紹介していないなんて、HONZじゃない」とのことで、紹介いたします。おもしろいのでご容赦くださいまし。

この作品を編んだ「ハーモニー」は、正式には「就労継続支援B型事業所」と呼ばれるようです。かるたの箱には、その正式名称の横に「精神障害をもつ人たちの地域生活を支援している、東京世田谷にある施設です」と楽しげな音符のマークつきで紹介されている次第。

そう、このかるたは、世田谷のハーモニーという施設で、精神障害を持つ人たちが日々抱いた「幻聴」や「妄想」の数々を、軽やかにカードに綴ったもの。かるたとしては、絵札と読み札の素直なもので、書体や絵柄(自分たちのお手製のイラストとのこと)は全体にかわいい印象です。

いくつかご紹介すると、「な」→「なにかやっていないと聴こえてくる」。「の」→「のうの中に機械がうめこまれ しっちゃかめっちゃかだ」などなど赤裸々なものから、「ゆ」→「ゆう名人になり自叙伝も売れた CDも売れた 家を建てよう 村役場に電話した」などの考え込まされる内容のものまで、あいうえお順に揃い踏み。こんな思いで日々を過ごしているのかと驚くこと必至です。

しかも、このかるたときたら、かゆいところまでしっかりケアされています。編集担当の石川誠子さんにうかがったお話(取材までしてしまいました)を踏まえて制作、編集の経緯をご紹介しましょう。

事の起こりは2008年ごろ。なんでも「障害者自立支援法」の移行で「作業所」だったハーモニーが「就労継続支援B型事業所」となり、一人当たりの月額収入を1000円から平均3000円にしなければならなくなったそう。高齢者が多くなったし、さてどうしよう。老人ホームで幻聴妄想劇公演でもしようか(「誰も見たくないのでは」と話は立ち消えになったそう)、といった案まで出しつつも、「皆で話している幻聴妄想の困りごとを、何かうまく自主製品に仕立てて、僕らなりの工賃の稼ぎ方を考えよう」という結論に至ります。

つまり、自分たちの幻聴や妄想を資本としてみよう――この「覚悟」が発端となったというわけです。前年から精神保健福祉士の藤田貴士さんが施設に参加され、困ったことをオープンに話して共有する土壌もできていたとか。「気にするな」ではなく一緒に「どうしようか」と考える空気です。

周囲の人たちに助けられつつ、かるたはなんとかまとまり販売は始まります。パソコンでプリントして台紙に貼るハンドメイドのかるたは、2年間で500部売れたとか。3000円で販売し、儲けは微々たるものだったそうですが、販売に手ごたえを感じて、出版社に話をもちかけていきます。この行動力!

とはいっても「どう評価していいかわからない」と結果は散々。現在かるたに付属している「露地」という解説本は、このときに土台を作成したものだそうです。120ページにも及ぶ、制作の経緯や、携わった12人それぞれの病歴を含む個人史、精神障害の具体的な解説までをまとめたもので、この冊子だけでも読み応えじゅうぶんです。

一方で、ハーモニーを看護実習で訪れた看護師の卵の「こんなすごいかるたがあるんですよ」という感想の声が医学書院に届きます。『精神看護』などの雑誌を持つ出版社ならではの情報網でありましょう。

結局2011年11月、現状の形で医学書院から本書は刊行されました。もちろんそのまますんなりではありません。

まず、看護師が実習前に見る教材として、現場を映像で見せたいということから付録の「幻聴妄想かるたが生まれた場所」なる26分ほどのDVDがつきます。次に「読み札CDをつけちゃえばいいのに」という編集部内の声を生かして、市原悦子さんののんびりした声での「市原悦子の読み札音声」CDがそれに追加されます(水前寺清子、小泉今日子、保坂展人世田谷区長、ガンダムのシャアの声で知られる声優の池田秀一さん、など多彩な候補名があがったそうです。シャアの読み札音声には個人的に惹かれます……)。

そんなこんなで出来上がったすごいかるた、それがこの『幻聴妄想かるた』なのです。しかもこれだけついてお値段がなんと2415円(税込)。ホンゲル係数も低めです。

最後に、「ミーティングのなかで聞かれた次のような言葉の重さを忘れることはできません」という、新澤克憲ハーモニー施設長のあとがきの最後の一言を引用しておきましょう。

「ジブンタチハ キケンデハナイト ヨノナカノヒトニ ワカッテモラエナイカナ……」

かるたの世界にとどまらない、読みものとしても興味深く、印象に残る作品です。

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