著者は朝日新聞国際部デスク。社会部、厦門大学客員研究員、イラク・アフガンでの戦場取材、台湾支局長などを歴任したいわば非ビジネス分野のエキスパートだ。そのような現役記者が著した本書は事実とインタビューにこだわった、読み物風に仕上がっているビジネス書だ。経営学特有の流行り言葉の乱発や無理なこじつけもなく清々しい。
かつて世界一の自転車輸出国であった日本が凋落し、中国と台湾が台頭しはじめたのは20年前からだ。しかし、中国はともかく、台湾は安モノを作ることで日本を追い込んだわけではない。日本製自転車の平均輸出単価は1990年には4万円を超えていた。ところが2000年になると2万円を割り込み、2010年には1万円まで落ち込んでいる。いっぽう、台湾の平均輸出単価は2002年には124ドルだったが、2011年には380ドルに上昇しているのだ。日本は量販店対応の安モノしか作れなくなっているのだ。家電業界でも同じような事態が進行中なのかもしれない。家電メーカーは自社の「経験」から学ぶより、自転車産業という「歴史」から学ぶべきなのだろう。
ところで、本書のタイトル『銀輪の巨人』とはその台湾自転車産業を常にリードし続けてきた「GIANT」正式名称「巨大機械工業」のことだ。1972年の創業以来理想を追い続け、自社ブランドにこだわり、安売り量販店には販売せず、トヨタ生産方式を導入し、ついにはツール・ド・フランスでもスポンサーを務めるまでになる。営業利益からみた地域別貢献度は欧州27%、北米23%、アジア40%というグローバル企業だ。
「GIANT」は2003年「Aチーム」構想を打ちだした。「Aチーム」とは台湾のライバル自転車メーカーを巻き込んで「台湾回帰、高品質路線」歩むことである。この試みは大成功し、現在では欧州のコルナゴ、北米のルイガノやスペシャライズドが台湾メーカーに一部製造を委託している。GIANTは高度成長期の通産省の役割も演じているのである。
いっぽうで、2011年の大晦日、10万人を超える人たちが台湾全土で一斉に自転車に乗った。全員で台湾一周をするというイベントだった。73歳で台湾を自転車で一周したことでも有名なGIANTの創業者劉金標氏の「台湾を自転車アイランドにする」という夢が実現したのだという。会社を作り、業界も育て、自国をも巻き込む姿はかつての松下幸之助や本田宗一郎を彷彿とさせる。彼らを失って夢や欲を失い、短期的利益と経営テクニックに走った日本のメーカーとの対比が凄まじい。
不安になるのは韓国の動きだ。台湾の成功を見てか、李明博大統領は自転車乗用の生活化を図るとして、幹線道路などには自転車道路を義務化し、韓国周回自転車道路も整備するという。それだけでなく韓国は自転車産業再興のために、資金支援、工業団地整備、法人税等の優遇措置などを準備している。いっぽう日本では危険な自転車というメディアスクラムが発生し、政府も自転車産業など過去の産業とばかり視野にも入っていないようだ。それどころかTPPの国内議論などを見る限り、工業そのものにすでに興味はなくなっているのかもしれない。
本書はカラー写真や図版も適切で豊富。自転車好きのメーカー系ビジネスマンにとっては必読書かもしれない。もちろん、我が国が誇る自転車部品のスーパースター「シマノ」も紹介されているので安心して読めるはずだ。そのシマノからみたGIANTは「同志」だそうだ。いい話である。中国の躍進ぶりは認めるが、ちょっとウザく感じてはじめている今日この頃、台湾や韓国の成功話は心地良く感じる。
ところで、ここ数年NHKのツール・ド・フランス総集編を観ている。意外といってはなんだが、長期にわたるチームと個人の熾烈な駆け引きはマラソン以上に面白い。今年からはJ-SPORTでの全ステージ中継を録画する予定だ。レースは6月30日スタート。ちなみにNHKが放送しているVOLVO世界1周ヨットレースも、あまりの過酷さに唖然としながら全レグを観ている。こちらは昨年11月にスタートで今年7月ゴールだ。どちらも日本人がまったく歯が立たない日本女子プロゴルフツアーをみているよりもはるかに健康的なのである。