最近仕事に忙殺されており、癒しを求めて手に取ったはずの一冊だったのだが、癒されるどころかギンギンに興奮してしまった。
主人公はボツワナの北西部にあるカラハリ砂漠で狩猟採集を営むクンの人々。このクンの成人の1/3以上が、薬物を使うことなしに、日常的に変性意識状態に入ることができるのだという。
変性意識状態とは、通常の日常的な意識状態とは別レイヤーに存在するものである。その一つの例が超越体験であり、これが彼らの社会においては癒しのプロセスとして組み込まれているのだ。
本書は、そんな不思議な世界観を持つクンの人々を、徹底的なフィールドワークによって描き出した一冊である。
クンの文化、この癒しの伝統の中核にあるのは、夜を徹して踊るヒーリング・ダンスである。村全体が参加するダンスこそ、クンの癒しの中心となる出来事なのだ。火を囲んで座り、歌う女たちのまわりを、男たちが踊り続ける。深刻な病、急病、大きな獲物が取れた時、ただ踊りたい時、日々のあらゆる基本的な活動はダンスに集約されている。
すごいのはここからだ。踊りが激しくなるにつれ、男女の癒し手のうちにある「ヌム」という霊的なエネルギーが活性化される。体内にあるヌムが活性化されると、癒し手は「キア」と呼ばれる高次の意識状態になるのだ。ちなみにヌムは、みぞおちと背骨の基底部に宿っており、激しく踊り続けると内側のヌムが熱くなって蒸気になる。そしてヌムが背骨を上昇し頭蓋骨の底に達すると、キアが始まるそうだ。
彼らはキアに入ると、日常では考えられないような行動をする。癒す、火をつかむ、火の上を歩く、人体の内部やキャンプから遠く離れた場所をはっきり見る、神の家へ旅する。その描写の数々は、衝撃の連続だ。
さらに彼らの社会で特徴的なのは、この癒しの力を共同体全体で分かち合う精神を持っているということである。狩猟採集民として獲物を分かち合うように、ヌムの力を分かち合い、新たな癒し手が成長するように手助けもしたりするのだ。
クンの人々にとって、癒しは治療や医療としても使われている。キアの変性意識状態に入ると患部が黒く見え、それを抜き出して癒すことができるそうだ。結核や感染症ですら、ダンスを通じたヌムの力で治癒してしまうというから驚くほかはない。
そんな彼らの世界にも、少なからず西洋医学の影響が及び始めている。しかし面白いのは、クンの人々は、ほかの医療システムの要素も、ヒーリングダンスの伝統と融合してしまうということである。抗生物質をダンスと合わせて使用することなどもあるそうだ。
また資本主義化の波も押し寄せている。癒し手の中の第二世代には、クン以外の人々に癒しを行い、その対価として報酬を受け取ろうと考えているものもいる。本書のフィールドワークが行われたのは、1960年代とのことだが、その後の彼らの行く末は、はたしてどうなっていったのであろうか。
一見するとにわかに信じ難い話でもあるのだが、それでもクンの人々のインタビューを読みながらフムフムと思わずにいられないのは、彼らの社会がアフリカの大自然という環境や、狩猟採集民としての古くからの文化と密接に結びついているからなのだと思う。
この不思議な世界をどのように評していいのか、皆目見当がつかない。見かけはマイムマイムなのだが、メカニズムはドラゴンボールの元気玉のようであり、効能はドラゴンクエストのベホマズンのようなものである。
自分自身の既存の文脈では決して理解することのできない深遠なる世界。本書で得られるのは、まさに超越体験だ。