『ザ・キングファーザー』俺の人生は一筋縄ではいかない

2013年7月10日 印刷向け表示
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ザ・キングファーザー

作者:田崎健太
出版社:カンゼン
発売日:2013-06-20
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納谷宣雄と聞いても「えっ、誰?」という反応が大半なはずだ。カズこと三浦知良氏の父親である。名字が違うのは納谷氏とカズの実母が離婚しているからであるが、「えっ、カズの父親の本?サッカー興味ないからなー」と思う人も多いだろう。確かに今回紹介する本はカズの父親である納谷宣雄氏の半生を描いているが、カズをどう育てたとか、サッカー論とかそういうものには満ちあふれていないので安心して読んで欲しい。1941年に静岡県に生まれたひとりの男の自伝として十分に面白いのだ。まず、目次を眺めるだけで納谷氏のハチャメチャぶりがわかる。

第1章 俺の人生は一筋縄ではいかない

いきなりである。自分でここまで言うのだから相当な複雑さを感じさせる。

第3章 二度の逮捕。ブラジルという選択肢。

第5章 収監、そして殺し屋との出会い

確かに一筋縄ではいかない。というよりも、殺し屋って…。

小説のような文言が並ぶが、ノンフィクションである。目次だけでカズがどうとか、サッカーがどうとか関係なく読みたくなってしまうではないか。頑張ったぞ、編集者。

納谷氏は目次からも推察されるようにダーティーなイメージがつきまとっているからか、サッカー界への功績の大きさはあまり知られていない。日本初のサッカー専門ショップを開業したり、ブラジル人選手の代理人業務を持ち込んだり、日本のテレビ局に南米のサッカー放送を売り込んだりした。Jリーグ発足直後に大流行したミサンガの仕掛人でもある。小中校生のブラジルへのサッカー留学ビジネスの第一人者でもある。人脈も幅広くフィクサー的な動きをすることも少なくない。

自分で書いていて納谷氏の足跡に感心してしまったが、同時に納谷氏が持つ危うさというか怪しさが本書をスリリングな読み物に仕立てている。行動のエンジンとなっているのはサッカーが大好きという一点で、行動力が抜群だが、後先を考えないのである。周囲は振り回されて気の毒だが、読み物としては面白い。全てが見切り発車だから、例えばテレビ局に売り込んだテープが途中から映らなくなる等のトラブルも少なくない。「あちゃー」と顔を覆いたくなるような失敗も多いのだが、とりあえず面白そうだからやっちゃうという精神は見習うべきかと思えてくる。決して道のりは平坦ではないが豪腕を発揮して、軌道に乗せてしまうのである。スリリングな一方、起業家精神が刺激されることは間違いなく、本書はビジネス書として読んでも面白いかもしれない。実際、変な自己啓発本を読むよりも本書で納谷氏の人生に振れた方が確実にあなたの心はゆさぶられるはずである。感化されすぎて、殺し屋と出合っても責任はとれませんが。

もちろん、サッカー好きの人が読んでも楽しめる。カズがプロ選手になれたのは本人の才能もあるだろうが、納谷氏が下支えした面も少なくない。そもそもカズは単身でブラジルに渡ったと紹介されるが、父親の納谷氏がブラジルですでに生活基盤を築いていた点は見逃せない。確かに飛行機は一人で乗ったかもしれないがブラジルの生活を全面的に支えたのは納谷氏であった。生活を支えるだけでなく、プロ選手に育て上げ、日本に再び送り込むのにいかに「暗躍」したかも生々しく書かれている。

宣雄は有形無形の圧力を掛けることが多かった。和良は宣雄の後押しを受けて、競争の激しいブラジルサッカー界を勝ち抜いた。三浦和良というサッカー選手は、ある時期まで宣雄の創造物と言っても良かった。

本書にもあるようにカズが帰国した頃から2人の関係は疎遠になっていく。Jリーグ創設当初は夕刊紙などを時々騒がしていた納谷氏の露出もいつのまにか少なくなり、カズの商品戦略を練る周囲の思惑もあり、いつのまにか父親の存在はタブーになっていった。だが、本書を読むとこの破天荒な父親なくしてはカズは存在しなかったことを痛感する。納谷氏のサッカーへの情熱があったから「キングカズ」が誕生したのは間違いないだろう。

距離を置いていた2人だが、現在は一時期よりもその距離を縮めつつあるという。大病を患い生命の危機に陥った時期もあったが、バイタリティあふれる納谷氏のことだから、来年のブラジルW杯に向けても何かを考えているのかもしれない。破天荒なキングファーザーの人生はもう一幕ありそうだ。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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