1997年1月、成田空港。ここに1人の28歳の男がいる。彼の名前は濃野 平(のうの たいら)。出発前の混み合うロビーで、大勢の行き交う旅行者を眺めている。彼も日本を発つ目的があったが、他人に話せる自信がなかった。誰一人として、まじめに受けとってくれるとは思えなかった。家族や友人たちにさえ、数ヵ月ほどヨーロッパ旅行に行って来ると告げていた。要は、笑われるのが怖かった。いや、笑われるだけではなく、遂に頭がおかしくなったと悲しませることになるかもしれなかった。
彼の決意、それは、スペインに行って闘牛士になることだ。
闘牛との出会いは20代前半のころだった。なにげなく見たバラエティ番組のわずかな時間で、その世界に魅了されたのだ。突飛なのは承知の上だ。スペインに、友人や知人などいない。スペイン語はまるでわからない。実際のところ、スペイン到着後にどこに行くのかもはっきり決めていなかった。
唯一わかっていたことは、スペインで闘牛士になりたいのなら、スペインに行かなければ何も始まらない、ということだけだった。
闘牛に関する情報は、当時の日本にはほとんどなかった。数少ない闘牛関係の本はほとんど絶版になっていて、閲覧するために国会図書館などに出向く必要があった。そうやって得た知識は憧れをさらに増幅させてくれたが、かなり長い年月の間、一人で迷っては自問自答を繰り返した。闘牛士は皆、子供のうちから訓練を始めるらしい。大の大人がいきなり始めて、できるようになるものだろうか。そもそも、外国人なんて相手にしてくれるのだろうか。そして何より、私に闘牛なんてできるのだろうか。私などが、闘牛士になれるのだろうか?
しかし、全身全霊で打ち込んでも実現可能かどうかわからないからこそ、挑戦のしがいがあるのではないだろうか。
これまで、資金を貯めるため、築地のマグロ店「やま吉」で3年働いてきた。全く経験の無い場所で働くことで、物事に動じない、新しい環境に適応できる能力を養えたらと考えたのだ。魚河岸の朝は早い。始発電車に乗り、毎朝5時に入店した。朝一番の作業は、氷点下50度の冷蔵庫から指示されたマグロを出してくることだ。最初のうちは、お前にこの仕事が勤まるのかとオーナーに危ぶまれたりもしたが、数カ月も経つと、この仕事に向いているのではないかと正規雇用を申し出てくれた。実は闘牛士を目指していて、スペインに行きたいと思っている、と伝えるとさすがに笑われた。最後には、近隣の店からも餞別を頂いた。
安い航空券で30時間かけて、ようやくマドリードに着いた。言葉の問題があって、バス乗り場を見つけるのも大変だ。闘牛士挑戦どころか観光旅行すらできないのでは、と到着早々不安になる。とにかく、どこかで闘牛を見たい。購入した闘牛雑誌をたよりに、長距離バスで街を巡った。2つめの街、ウエルバで、バーの店員が優しかった。この町で、何かがあるかもしれない。さっそく闘牛場に出向いた。もしも闘牛学校があるなら、闘牛場の近くに違いない。
そこには、闘牛士と牡牛の絵がかかっている店があった。ジャージの2人が会話している。直感的に、闘牛関係者かもしれないと思った。外国人が珍しいのか、こちらをちらちらと見ている。どうやって話しかければいいだろう?辞書と会話集を片手に、近くの階段に座り込んだ。十段くらいで先が行き止まりになる、何のためにあるのかよくわからない階段だ。必要な単語をカタカナで紙にメモすると、覚悟を決めて話しかけた。
うさん臭そうな顔をされた。身振りで闘牛場に案内され、どこかに行ってしまった。しかたなく、サッカーをしていた若者に話しかけた。「闘牛士になるために来た」と言うと、驚かれ、笑われ、午後5時にまた来いと言われた。よろこんで出直してきたら、そこにはもう、誰もいない。先程の店に戻り、中に入っていくと、騒がしかった店がなぜか急に静かになった。店の主人に、必死に、5時集合と言われて行ってみたが誰もいなかった!と説明する。「そうか、でも週末だし、月曜まで誰も来ないよ。月曜の11時に来い。俺が、君をマエストロに紹介してやろう。」
なんて、ありがたいのだろう!
月曜、改めてバーの主人と闘牛場に入る。マエストロは厳しいしかめ面のまま、首を横にふるばかりだ。隣の長身の若者も同様だ。なぜ、こんなに静かになってしまうのか。知っている限りのスペイン語でアピールし続けると、やっとマエストロが口を開いたが、どうにも否定的だ。それくらいは雰囲気でわかる。他の男達も、なにやら急にまくしたて始めた。察するところ、どうやらこの町に闘牛学校はなく、セビリアまで行かなければならないらしい。
残念だが、ないものは仕方がない。御礼とお別れの挨拶をして、その場を離れた。期待していた分だけ失望も大きい。ウエルバを発つ前に、せめてビールでも飲んでいこう。
その時、背後で足音が、こちらに向かって近づいてきた。反射的に後ろを振り返ると、先程の長身の若者が息せき切って走ってきている。
セビリアに行くなよ!ここに残るんだ。このウエルバに!
こうして、闘牛士の世界に入ることができたが、現実は厳しい。少ない門戸に志望者が殺到しており、妨害、裏切り、騙し合いは当たり前だ。また、闘牛はたった一度しか使えないため大変に貴重で、コネや資金がなければ、練習すらままならない。試合に出場するにもお金が必要だ。コネなし金なし高年齢のハンディを乗り越えるべく、月夜に牧場に侵入し、道端で死んだふり、血みどろでオレンジを収穫して資金を稼ぎ、ありとあらゆる努力をする。
私の知る限り、このウエルバで彼以上に必死な者はいない、ってことなんですよ。 … タイラができるって言ってるんだから、あなたたちは黙って試合に出せばいいのよ。タイラには、できるところまでやらせてあげなきゃ駄目なのよ!
闘牛場の前の、なんのためにあるのか良くわからない階段を思い出す。
そして、時が経ち、友人も徐々に辞めていき、いよいよ切羽詰まった時、彼は、最後の手段に出た。
本当に、決心したのか?もしそうならこれは爆弾だ…闘牛場全体がひっくり返るほどの騒ぎになるのは間違いない。俺はいつかこんな日が来るんじゃないかと思っていた。俺はその日、何が何でもあいつの隣にいて、あいつを助けなければならない。それは俺の使命だ。
僕はみなさんの誰か一人でも、彼という人物に注目してくれることを心から望んでいます。彼の前の扉は閉ざされ続けてきたのです。彼のたった一つの願いは闘牛士になることなのです。
ムレタと剣とビルヘンのネックレスを身に纏い、後に世界で唯一の日本人闘牛士となる男が、最前席から、秘かに、砂場に飛び降りる。