人間はもちろんのこと、ヒラメとカレイのように右型の種と左型の種の両方がいるような生物でも、脊椎動物なら必ず左側に心臓があると言えるそうだ。ところが無脊椎動物には、大胆にもそっくりそのまま左右を逆転してしまう仰天の進化を遂げた生物がいる。それが巻き貝である。
サザエ、タニシ、カタツムリなど、私たちの周りにいる巻き貝はほとんどが右巻きである。しかしカタツムリなど一部の種においては、少数ながらも比較的たくさんの分類群で左巻きの種が見つかっているのだ。本書は、そんな生き物たちの「右と左」に関する進化の物語。主役はカタツムリとヘビだ。
著者は、ある日ふとしたことから仮説を思い立つ。左巻きのカタツムリが誕生したのは、左巻きよりも右巻きのカタツムリを食べるのに熟練したもの ― つまり、右利きの捕食者がいるからなのではないだろうか。
その後、カタツムリばかりを食べるというイワサキヘダカヘビの存在を聞きつけ、はるばる西表島まで調査に乗り出す。それにしても手を持っていないヘビが右利きとは、一体どういうことなのだろうか?
答えは、口の中にあった。ヘビ類は人間にとっての両腕のように下顎の左右を別々に動かすことができる。しかも下顎の歯の数を数えてみたところ、右顎24、左顎16という左右差があることも見つけることができたのだ。かくして、右利きのヘビ仮説が完成したのである。
しかしここまでは、あくまでも途中段階に過ぎない。実際に行動実験を行って証拠を得なければ結論にはならないのだ。そして、ここから机上の長い旅路が再び始まる。はたして、結果はどう出るのか?
西表島の夜間フィールドワークに見られる深遠なる世界の描写。研究の要所要所で、奇跡的に他人が運び込んでくれる幸運。全てが著者の人柄によるものだと思う。何より「本当におもしろい研究は、誰にでもわかるものでなければならない」という信念が素晴らしい。
冷静に考えれば、ヘビが右利きがどうかは実にどうでもよいことだ。でも放ってはおけない。そんな愛すべき一冊。