資生堂の初代社長福原信三についての学術研究に肉付けした本だ。著者は本書の原型となる論文で2010年に博士号を取得している。そのため読み物としては情報量が多すぎるきらいがあるのだが、それがまた本書の魅力にもなっている。そもそも資生堂は信三の父親である福原有信が明治5年(1872)に創業した薬局だった。有信は幕府医学所から大学東校(現在の東大医学部)に進んだ俊英である。渋沢栄一は姻戚だし、夏目漱石も森鴎外も顧客だった。
本書のテーマである有信の3男、福原信三は明治16年に生まれた。何不自由なく生まれ育ち、やがて大正4年(1915)から経営に参画し、やがて資生堂を化粧品メーカーへと事業展開を本格化していくのだ。生涯にわたって資生堂の発祥地である銀座を大切にし、銀座とともに発展した。その信三の信念のひとつは「環境がすべてを決定する」というものだった。
ところで、アップルやグーグルが生まれた若者の街シリコンバレー、アートと雨の小都市シアトルのマイクロソフトやスターバックスやアマゾン、外界から隔離された壮大な田舎・尾張のトヨタ、それぞれに環境の庇護を受けて発展し、母体の環境に果実を還付しているように思われる。いっぽうで権威・権力から一歩離れ、孤高であったはずの品川が妙に発展してしまったソニーは精彩を欠いている。パナソニックやシャープの本拠地は曖昧で、関西全体の地盤低下の影響をもろに受けているという印象だ。任天堂やワコールなど関西企業というよりも京都企業として比較的元気であることと対象的だ。
ともあれ、資生堂は銀座という非常に小さなエリアを母体とし、それを大切にしてきた稀な世界企業である。ほかにこれほど小さなエリアにこだわって成功した「世界企業」として思いつくのはニューヨーク5番街のティファニー、イタリア・モデナのフェラーリ、そして丸の内の三菱グループなどであろうか。これからの企業経営において立地を狭くとったブランディングに注目したい。