社会人の皆様は今、仕事に燃えているだろうか? 学生の皆様は、将来への希望に満ち溢れているだろうか?
ビジネス書を手に取ってフレームワークを学んだり、自分探し・自己啓発で異業種交流・外部セミナーに参加する前に、なすべきことがあるはずだ。それは、今この瞬間を生きること。与えられた仕事をトコトンまでやり切ってみろ。目の前の仕事に全身全霊ぶつかっていけ! ― ページを繰るたび、そんな叱咤・激励が聞こえてきそうな一冊である。
「トイレのベンツを作れ!」という帯のコピーは言い得て妙だ。日本のトイレは世界にも類を見ない快適空間である。便座は温かく、用を足した後も適温で適度な水圧の洗浄水が「ポイント」にぴったりヒットする。他にも消臭・消音・抗菌と、至れり尽くせりだ。
ある人は言うかもしれない、「またガラパゴス現象が始まった」と。世界で受け入れられない仕様の製品だって? そんなこと、この際どうだっていいじゃないか。我々日本人のおしりはウォシュレットを欲したのだ!
1973年のオイルショック以降、激減する住宅着工数に合わせて落ち込むトイレの販売個数。
「おしりを洗うトイレが会社を救うものになるかもしれない。」
メーカーの開発者はそんな一縷の希望に賭け、昼夜の区別なく純粋にトイレ作りに打ち込んだ。しかし、狙うべき肛門の位置やおしりに快適なお湯の温度なんて、そんなものは誰も知る由もない。「自分の場合はこうです!」なんて語りたがる物好きもいやしない。ここで道を切り開いたのは開発者の熱意だ。研究開始当初は恥ずかしがった社員もやがて根負けし、結局「位置データ」の収集に、男女あわせて300人あまりが名乗りを上げていった。
開発者たちも実験室にこもり、様々な温度と角度のお湯を自身のおしりに当て続けた。1日16時間、交代でデータを取り続けた結果、お湯の温度は38度、便座の温度は36度、乾燥用の温風は50度が最適という結論と、どんなおしりでもしっかりお湯が届き、かつ、おしりにぶつかったお湯がノズルにかかりにくい角度は43度という「黄金律」に至る。
開発チームに休息はない。ひとたび会社を出たとしても、頭の中には次に越えるべきハードルが常に引っかかっている。38度のお湯の温度を保つにはIC制御が不可欠だが、まぎれもない水回りである洗浄部には漏電の危険が伴うという難関。きっかけは雨の日の交差点で訪れた。風雨にさらされながら正確に動いている信号機を見て「これだ!」とひらめくや否や、信号機メーカーへと飛び込んだ。その結果、「ハイブリッドIC」という特殊樹脂でコーティングする技術の採用にこぎつけたのだった。
ノズル駆動方式で、いかにおしりとビデの位置コントロールに対応するか。その方法を考えあぐねていたある開発者は、道路に停まっていた車から、ラジオのアンテナが伸びてくるのを見て、伸縮できるノズルの先端に噴射口を付けるアイディアをひらめいたという。
やはり、妙案というのはそう簡単に見つかるものではない。一つのことにトコトンまで執着し、考えに考え抜いて煮詰まった、どうしようもない極限状態。そこでふと目に留まった、普段なら本当に何でもないものが「きっかけ」として突破口となる気付きを与える、そんなものではないのだろうか。
たかがトイレごときの開発競争に血眼になりおって、などと決して侮ってはいけない。今後、世界的にますます水資源不足の深刻化が予測される中、トイレの節水技術に対する注目も高まっている。日本の家庭で水の使用量が多い場所ひとつとっても第1位はトイレであり、実に全体の28%を占めている。(東京都水道局の2006年調査より。ちなみに、2位は風呂の24%、3位はキッチンでの炊事で23%、4位が洗濯16%で、洗顔・その他9%と続く。)
メーカーも洗浄水量削減ミッションに着手。2006年以降、6リットル、5.5リットル、4.8リットルと順調な改善が見られたが、その裏にはTOTO開発者の血のにじむような努力の成果があった。最近は洗浄水を溜めるタンクや水道管直結のバルブのないタイプの便器もずいぶん普及してきたが、便鉢に溜まる限られた水で洗浄に十分な水流を起こすべく、技術の粋が尽くされている。
「シーケンシャルバルブ式」という洗浄方式は、TOTOが蓄積してきたアクアエレクトロニクス技術とコンピュータシミュレーションによる流体解析によって開発されたものだ。便器洗浄を効率よく行うために便器の洗浄水噴出箇所を自動的に変え、段階的に洗浄(ステップ洗浄)するという。本書では図入で丁寧に説明されているものの、正直なところ、もはや私には複雑すぎて「とにかくスゴイ」ということくらいしか分からない。その進化系にあたる「ハイブリッドエコロジーシステム」の洗浄メカニズムについては、こちらの動画を参照されたい。
ここまで徹底したわが国のものづくりの姿勢、改めて誇りにして良いハズだ。取り組む商品・サービスはトイレに限らず何だって良い。「かゆいところに手が届く」「至れり尽くせり」「心配り」は我々のお家芸。失敗を恐れず、トコトン目の前の顧客・仕事に向き合っていこうではないか。こだわり抜いた商品・サービスが出来た暁には世界に胸を張って発信していけばよい。ガラパゴス万歳!ユニークさで勝負するも良し。さらなる利便性を追求するも良し。究極の資源節約商品は大歓迎だ。
皆、今こそ奮い立て。世界が日本を待っている!
著者の仕事にかけるひたむきな姿勢のおかげだろうか。今回紹介の一冊もそうだが、良いものを作っているという自負を持って自社の商品・サービスを紹介されると、自慢話にありがちな、いやったらしい感じは微塵もなく、読後感は非常に爽快だ。今回の関連書籍は本書同様、ヒット作の誕生秘話にまつわるものを中心に取り上げてみよう。
こちらはベルギー・モンドセレクションで最高金賞を受賞した「ザ・プレミアム・モルツ」の誕生秘話。ビールの製造方法、発泡酒との違いや「一番麦汁って何?」といった素朴な疑問にもこの一冊がお答えします。ビールの達人が語る「おいしいビールの注ぎ方」も必読!
コンビニ王者の商品開発史を一挙公開。セブン店内に一際大きくケースを構える「アイス売り場」。なぜか毎年さらにおいしくなり続ける「おでん」。10代男性から60代以上女性まで、全世代に支持される「メロンパン」改良の歴史。普段は語られることのない、常勝セブンの舞台裏がこの一冊に!
お気に入りの商品・サービスを世に送る企業を応援するには、株主になるのも一つの手だ。「がんばろう!日本企業!!」の応援ついでに、ちゃっかり優待制度のお裾分けをいただくのも悪くない。