新型コロナパンデミックのころ、通常では救命困難な重症呼吸不全患者のためECMO(体外式膜型人工肺)を装着した姿がニューズ映像となった。あんなにも大規模な装置でなれば救命できないのか、と驚かされた人も多いだろう。命を助ける装置の開発は困難を極める、ということは想像に難くない。
本書は先天的な心臓の難病を抱えて生まれた娘を持つ、本来医療とは無縁の町工場の社長と家族が、その命を支えるため、人工心臓の開発を目指した23年間の記録である。
筒井宣政と陽子夫妻が1968年に授かった次女の佳美は「三尖弁閉鎖症」という、血液が体内に正常に流れない難病に侵されていた。さらに彼女の身体には欠陥箇所が7か所も発見され、手術は不可能。このまま温存すれば10年ほどは生きられるかもしれない、と医師から言われる。
宣政は、名古屋市にあるビニール樹脂をホースやロープなどに加工する町工場の二代目だった。傾きかけた工場を立て直すための起死回生のアイデアがアフリカで受け、二千万円を超える預金をつくり、これを佳美と治療に使うつもりだった。
だが世界中探しても、彼女を手術で救える病院は見つからない。
ある日、東京女子医大病院の心臓外科から、新しい治療法として「人工心臓」の研究を一緒にやらないか、という誘いを受ける。頭に浮かぶのは鉄腕アトムが胸の扉をパカっと開けて見せる、あの心臓だ、
宣政は人工心臓の開発に邁進することを決意する。母の陽子、長女の奈美、三女の寿美は、佳美の生活を全面的に支え続ける。
だが医療用の器械は認可されるためのハードルは高い。苦難は続くが、町工場の社長の矜持がそれを支えた。
本書は6月14日に公開された映画『ディア・ファミリー』の原作だ。厳格で一途な父親を大泉洋がどう演じているか楽しみである。(6月29日現在 公開から16日間で観客動員数61万人、興行収入8億4000万円)週刊新潮6月27日号