「イノベーションは加速化する」なんてウソや! 『Invention and Innovation : 歴史に学ぶ「未来」のつくり方』

2024年3月27日 印刷向け表示
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作者: バーツラフ・シュミル
出版社: 河出書房新社
発売日: 2024/3/15
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「やっぱり自分の考えが正しかったんや!」 思わずそう叫びたくなった。

多くはないが、大勢の意見と自分の考えが違っていることがある。気にしなければいいのだが、どうにもモヤモヤする。そのひとつが「イノベーションは加速化する」というやつだ。ウソとちゃうんか。どの程度のことからをイノベーションというのかは難しいけれど、そもそもイノベーションというものはそうそう出てくるものではないだろう。

すこし広げて、イノベーションだけでなく発明も含めて考えてみよう。確かに、ある分野が爆発的に進むことはあるかもしれない。しかし、それが長期間にわたって続くなどということはありえないのではないか。収穫逓減というやつだ。1年半で集積度が倍々になるという半導体回路におけるムーアの法則があると反論されるかもしれない。だが、これは例外的だからよく目立つだけではないか。それに、これとていつか頭打ちを迎えるのは必定だ。

生命科学の研究は、過去半世紀の間に猛烈に進歩した。加速度的に進んだ時代もあったかとは思う。しかし、そろそろ頭打ちのような気がする。それどころか、研究は進んだが、新薬の開発費は上昇を続けているのをご存じだろうか。なんと9年で倍々に増加しているのだ。皮肉な人がいて、あまり知られれてはいないが、Mooreの逆をとって、Eroom(イールーム)の法則と名付けられている。

そんなことを考えていると、イノベーションが加速化し続けるなどとはとうてい信じられない。マット・リドレーの『繁栄』には、人類の危機といわれたものはことごとくイノベーションで解決されてきたのであるから、悲観的になる必要はないと書かれている。リドレーには、「いつまでもできると思うな危機突破」と言ってやりたい。そりゃぁ、これまではそうだったかもしれないが、単に幸運やっただけとちゃうんか。

思うに、素晴らしいイノベーションを紹介する書物はたくさんある。そういった情報に我々は勘違いさせられている可能性が高い。この本、タイトルは『Invention and Innovation』、サブタイトルが『歴史に学ぶ「未来」の作り方』とあるので、ご恵送いただいた時、またそんな本かよ、と思ってしまった。スマン。しかし、読み始めてすぐにわかった。イノベーション礼賛の本ではない、その真逆の本だと。

第一章「発明(インベンション)とイノベーション-その長い歴史と現代の狂騒」は序論のようなものだ。発明もイノベーションも巷間言われているほど加速していないのではないかとの疑義表明があって、それを考えるために続く章で代表例を論じていくと説明される。

「歓迎されていたのに、迷惑な存在になった発明」が第二章で、有鉛ガソリン、殺虫剤のDDTフロンガスが俎上にあげられる。自動車のノッキングを防止するために、環境悪化を招くことがわかっているのに有毒であることが知られている鉛がガソリンに添加されていた。いまから考えたらとんでもないことだが、そんな判断がなされる時代もあったのだ。

これに比べると、DDTとフロンガスは、使われ始めた時点では害がわかっていなかったから罪が軽いかもしれない。いや、逆に、有害とわからずに広く使われてしまったのだから、発明としてはより「たちが悪い」と捉えるべきかもしれない。いうまでもなくDDTの害はレイチェル・カーソンの『沈黙の春』がきっかけで広く知られるようになった。また、フロンガスがオゾン層を破壊することが明らかにした化学者二人は、その重要性からノーベル化学賞を受賞している。

ちなみに、有鉛ガソリンをアンチノッキングに使えることと冷媒としてフロンガスを発明したのは同一人物、トマス・ミジリーである。「有史以来、地球の大気に最も大きな影響をもたらした生命体」とまでこき下ろされることがあるらしい。さすがにそれは気の毒だけれど、言いたくなる気持ちもわからないではない。

第三章の「主流となるはずだったのに、あてがはずれた発明」である。ここでは、飛行船、核分裂反応を利用した原子力発電、超音速飛行が取り上げられる。飛行船は一時期ブームともいえる状況を迎えたが、ヒンデンブルク号の大惨事で一気にダメになった。原子力発電はかなり普及しているような気がするが、世界的には設備容量の5%にすぎず、当初の予想をはるかに下回っている。超音速飛行機は、ある程度以上の年齢の人は間違いなく記憶している独仏が開発したコンコルド号の話だ。材質や物理の関係で、超音速旅客機というのはほぼ不可能らしい。

次なる第四章は、前二章が過去形の発明であるのとは少し趣が違い、「待ちわびているのに、いまだ実現されていない発明」で、ハイパーループ窒素固定作物制御核融合の三つである。ハイパーループは、チューブを真空にして、その中に有人カプセルを走らせるというアイデアだ。摩擦がないので、理屈の上では超高速移動が可能であるが、危険すぎるとか本当に建設できるかという根本的な問題がある。窒素固定作物は、マメ科植物が根粒菌の力を借りて空気中の窒素を養分として取り込める現象を他の植物にも導入しようという作戦だ。理屈の上では可能だし研究も進められているが、実現の目処はまったく立っていない。核融合は、ここ何年か実現できるのではないかというニュースを目にするが、著者によるとまったくの絵空事ということになる。

豊富なデータとわかりやすい解説でお腹がいっぱいになったところで、とどめの第五章。そのお題は「テクノロジー楽観主義、誇大な謳い文句、現実的な期待」で、まずは「『ブレイクスルー』ではない『ブレイクスルー』の数々」、「『加速化するイノベーション』という根拠のない説』だから、おおよその内容は想像がつくだろう。そして最後の「私たちがもっとも必要とするもの」は、どのような分野に資金と労力を割くべきかの提言である。この章こそが、本書の真骨頂だ。

いま67歳、若いころから、我々の時代に生きている人たちが歴史的にいちばん幸せなのではないかと考えていた。成長と共に数多くの発明とイノベーションを目のあたりにし、それに伴って生活は「加速度的に」向上してきた。だからといって、いつまでもそんな時代が続くと考えるのは楽観的すぎはしないか。いいや、お前が悲観的すぎると思われるかもしれない。しかし、そう思うのは、この本を読んでからにしてほしい。


作者: マット・リドレー
出版社: 早川書房
発売日: 2013/7/10
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ちょっと本文ではいちゃもんつけてるみたいですが、とてもいい本です。


作者: レイチェル カーソン
出版社: 新潮社; 改版
発売日: 1974/2/20
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言わずと知れたカーソンの名著。環境運動の火付け役になりました。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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『決定版-HONZが選んだノンフィクション』発売されました!