『モサド・ファイル2』イスラエルを影で守る「モサド・アマゾン」たち

2024年3月7日 印刷向け表示
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作者: マイケル・バー=ゾウハー,ニシム・ミシャル
出版社: 早川書房
発売日: 2023/11/21
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前作『モサド・ファイル』でイスラエル建国以来、同国の「諜報機関モサド」が行ってきた秘密作戦の全貌を明らかにしたマイケル・バー=ゾウハーとニシム・ミシャルのコンビの新刊だ。今回はモサドの諜報員として活躍した女性工作員に焦点を当ててモサドの歴史を浮き彫りにしている。女性工作員というと色仕掛けによる「ハニートラップ」をすぐにイメージされる方も多いと思うが、モサドでは女性の肉体を用いた工作を基本的には推奨していないという。実際に著者のインタビューに答えた元モサド工作員のヤエルは「私が女であるということを利用したことは一度ならずあります」と回答するが、一方で「でも敵国で支持や信頼を勝ち取るために肉体を利用したことは一度もありません」「任務の際に『誰かとベットを共にする』ことを強要されたことは一度もありません。実際は常にその逆でした」と証言している。

ハニートラップに頼らずとも女性という立場だからこそ成しえる行動も多いという。例えば夜の住宅街で男性が一人、または複数人で街頭に立っていると多くの場合は不審がられ警戒されるが、女性やカップルが立っていた場合は警戒されることが少ない。また、経験則として男性工作員よりも女性工作員の方が偽装工作など点において細部に気が利くという。このような理由からモサドでは積極的に女性を諜報員として登用してきたのだ。彼女たちは周囲から「モサド・アマゾン」と呼ばれている。

とはいえ、女性が登用され始めた当初から、彼女たちが工作員として重宝されていた訳ではない。初期のモサド工作員といえば国家樹立以前に存在したパルマッハやイルグーンといった地下組織に所属していたタフな男たちであった。中でも最強といわれたのがシャバック(国内秘密情報機関)の実働部隊である。彼らは後にモサドの実働部隊カエサレアとして発展していく。彼らは当初は男性のみしか使わなかった。諜報の世界は危険に満ちたタフガイの世界だと見なされていたのだ。しかし、カエサレアの指揮官たちは「対象国」への入国審査を疑われづに容易に通過し、敵国への浸透をやすやすと行うのは男性よりも女性だと気づく。

本書では多くの「モサド・アマゾン」たちが登場する。驚くべきことに、黎明期の女性工作員たちのほとんどが特に専門的な教育を受けていない現地徴用された女性であった。例えば裕福な家庭で生まれ育ったユダヤ系エジプト人のヨランデ・ハルモル。他にはヴォルフガング・ロッツというモサドの工作員と恋に落ち、結婚したのを機に工作員なったドイツ人女性ヴァルトラウト。さらにシューラ・コーヘンはレバノンの首都ベイルートに住む既婚の美しいユダヤ人女性であった。彼女らは簡易的な教育を受けただけで、イスラエルのために危険に満ちたスパイ活動を開始する。3人に共通していたのは高い知性と教養、各国の上流階級に浸透することを容易にした社交性、そして溢れんばかりの好奇心と勇気、なによりもシオニズムに対する燃えさかる情熱を心に秘めていた。これらの特徴はより洗練され専門的なスパイ教育を施された後の「モサド・アマゾン」の多くにも受け継がれていく気質であることが本書を読んでいくと理解できる。

モサドでいち早く女性の力に注目し積極的に女性をスカウトして回ったのがイサク・ハルエルだ。彼はあのアドルフ・アイヒマン拉致事件の総指揮を務めた男だ。この任務の際にもハルエルはイェフディット・ニシヤフという女性工作員を作戦に参加させている。またハルエルの後に「モサド・アマゾン」の保護者となったのはモサド実働部隊カエサレアの長マイク・ハラリだ。彼は実際の拉致や暗殺などを行う部隊の長として多くの女性を作戦の重要任務につけている。例えばミュンヘンオリンピック事件を起こしたテロ組織「黒い九月」の幹部を殺害する際には上記のインタビューに答えたヤエル・ラファエルという美しい女性工作員を作戦の要となるポジションに起用している。また「黒い九月」のリーダー‎であるハッサン・サラメ暗殺作戦ではエリカという女性工作員をサラメ暗殺の実行犯として起用している。彼女は見事にサラメを爆殺する。ちなみにこのサラメという男、実はCIAの二重スパイであったこという複雑な背景を持つ男でもある。とうぜんサラメ暗殺はイスラエルとアメリカの間で政治的緊張関係を生むことになる。

黎明期を経て本格的にモサドに進出した女性たちは、知能と体力に自信のある男たちの多くが音を上げえるような厳しい訓練に参加しいくつもの試験を突破しなければならない。そして正式に採用された後は数年間独身であることを誓わされる。このため優秀な多くの女性がキャリアか結婚のどちらかを選ぶという葛藤に苦しむ。あるものはシオニズムの情熱からモサドを選び、あるものは家庭的な幸せを求め去っていった。結婚を遅らせ、両立の道を選んだ者も、海外を渡り歩く任務のため子供の誕生日すら祝うことができなかった。モサド・アマゾンは家庭人としての幸せを犠牲にし国家に尽くす必要があったのだ。

しかし、現在ではこの点は改善されている。「モサド・アマゾン」の配偶者はモサドから配偶者の本当の仕事とその重要性の説明を受け、配偶者が留守がちでも構わないか?その間に育児をサポートできるかなど丁寧な面談をうけるという。2019年現在モサドの職員の40パーセントが女性だ。それだけでなく指揮官の26パーセントが女性だという。これは現在活動しているどの諜報機関よりも女性比率が高いのだという。伝説的な諜報員にして2021年までモサド長官を務めたヨシ・コーヘンは「女性がモサド長官になる日を待ち望んでいる」と述べている。いつの日か必ずガラスの天井は必ず破られるであろう。

作者: マイケル・バー゠ゾウハー&ニシム・ミシャル
出版社: 早川書房
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