12年前『驚きの介護民俗学』(医学書院)という本を書店で見つけた。著者の六車由実さんは『神、人を喰う』でサントリー学芸賞を受賞した民俗学者ではないか。なぜ介護の世界に身を置くことになったのか。
その経緯は『驚きの介護民俗学』に詳しく書かれているが、介護の現場に民俗学の手法である「聞き書き」を取り入れた六車さんは、高齢者との間に強固な信頼関係を築きあげた。現在では自宅の1階を「すまいるほーむ」という近隣の高齢者が憩うデイサービス施設にしている。
だが職住近接したこの形は仕事と生活のバランスを取るのが難しい。加えて新型コロナパンデミックで、人と人とが密に関わらなければ成り立たない「介護」を、どのように続けたらよいか暗中模索する。
施設内で感染者を出さないこと。もし出たとしても最小限で留めること。高齢者施設はどこも神経をすり減らした。正体の分からないウィルスを防ぐための方策に、誰もが頭を悩ましたあの時を思い出すと、胸が苦しくなる。
ましてや責任者である六車さんの心労は格段のものであっただろう。比較的自由に過ごせるはずの”すまいるほーむ”でも「してはいけないこと」が増え、スタッフも利用者もがんじからめとなった。ギスギスした雰囲気では認知症の症状も昂進してしまう。
ついに六車さん自身も精神に不調を起こしギブアップしそうになった時、助けになったのは利用者のひとりだった。面倒事をスタッフの力も借りて解決していく過程に、六車さんの心も解放されていく。愛犬のマロンにも心を癒やされる。家族と利用者との間を取り持つ、かけがえのない存在だ。
何か事件が起こったり、ケンカをしたりしても、みんなお互い様なのだから、と思うと施設に来ることが一番の楽しみになる。そんな場所を持つ高齢者に私もなりたい。(婦人公論2月号)
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2023年、新装版が発売された。