『狼煙を見よ』東アジア反日武装戦線とは何だったのか

2024年1月31日 印刷向け表示
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作者: 松下 竜一
出版社: 河出書房新社
発売日: 2017/8/14
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警視庁を担当する記者からの一報に驚いた。

「『東アジア反日武装戦線』のメンバー身柄確保との情報」

1974年から75年にかけて起きた連続企業爆破事件に関わった東アジア反日武装戦線のメンバーで重要指名手配犯の桐島聡(70)とみられる男が、警視庁に身柄を確保された。男は末期がんで、別の名前で鎌倉の病院に入院していたが、「桐島聡です」と名乗り出たという。本人と確認されれば、半世紀近く逃亡生活を送っていたことになる。

ところが、その3日後に男は死亡してしまった。「最期は本名で迎えたい」と話していたというが、告白はギリギリのタイミングだったということか。男が住んでいたボロボロの木造家屋をみて胸を衝かれた。どんな思いで息を潜めるような暮らしを続けていたのだろう。そうまでして何を守ろうとしていたのか。それとも、若い頃の行いを悔いていたのか……。

松下竜一の傑作ノンフィクション『狼煙を見よ』を思い出した。
HONZで紹介するのは基本的に新作だが、今回のニュースをきっかけに取り上げたい。

東京拘置所の大道寺将司から著者のもとに手紙が届いたのは、1984年7月下旬のことだった。大道寺は連続企業爆破事件の主犯として収監中で、後に死刑判決が確定した。

連続企業爆破事件は、1974年8月30日、東京・丸の内の三菱重工業ビル玄関前に置かれた爆弾が爆発し、8人が死亡、380人が重軽傷を負った事件を皮切りに、大手商社やゼネコンなどが次々に標的とされた連続テロを指す。

東アジア反日武装戦線は、「狼」「大地の牙」「さそり」のグループからなる極左テロ集団で、彼らが地下出版した『腹腹時計』は、ゲリラ戦の方法や爆弾の製造法などが記された教程本として他のテログループにも大きな影響を与えた。

大道寺将司は妻・あや子とともに、東アジア反日武装戦線の主要メンバーだった。1975年5月19日、ふたりは他のメンバーとともに警視庁に一斉逮捕されるが(この時押収された証拠品から存在を割り出され指名手配されたのが、当時明治学院大学の学生だった桐島である)、その後、クアラルンプール事件やダッカ事件に絡む超法規的措置により一部メンバーが釈放され、日本赤軍に合流した。釈放されたメンバーのうち、佐々木規夫と大道寺あや子は現在も国外逃亡を続けている。

大道寺が著者に手紙を送ったのは、『豆腐屋の四季』を読んだことがきっかけだった。
『豆腐屋の四季』は短歌とエッセイをまとめた歌文集だが、現代風に言えば、ヤングケアラーで低賃金労働者である著者の青春の苦悩が描かれたノンフィクションでもある。

高校を卒業した春、母親が急逝し進学を断念した著者は、悲嘆にくれる父親を支えながら家業の豆腐屋を手伝い始める。それは暗く苦しい日々だった。長男として4人の弟たちの面倒もみなければならない。だが、病弱で不器用な著者は豆腐がうまくつくれない。閉塞した毎日に潤いをもたらすのは、20代半ばで出合った短歌だった。やがて著者は年の離れた女子高校生に恋をする。それは眩しいほどに清い恋だった――。

暗い青春の日々とそこに差し込む一条の光を描いた名作である。高校時代に初めて読んだときの清純な印象をいまも覚えている。「相聞歌」という言葉もこの本で知った。

『豆腐屋の四季』は1968年、自費出版で世に出るが、瞬く間に評判となり、翌年には緒方拳主演で連続テレビドラマになった。著者はいきなり「模範青年」として脚光を浴びる。だが、そんなふうにもてはやされるのは、荒れる大学生の対極に自分が置かれているからだと著者は気づいていた。「零細な豆腐屋としての分際を守り、黙々と耐えて働いているおとなしい若者」に誰もが安心できるからだと。

その後、著者は豆腐屋を廃業し、著述業に転ずる。全共闘運動が退潮していくのとは逆に、まるで遅れてきた青年のように反公害運動や反巨大開発運動へと身を投じた。

『豆腐屋の四季』は1983年に文庫化され、大道寺が手に取ったのもこのタイミングだった。全共闘世代の中で最も突出した爆弾闘争に至った大道寺が、なぜ臆病で小さく閉じこもって生きてきた者の記録に惹かれたのか――。この興味が著者を執筆へと向かわせた。

東アジア反日武装戦線のメンバーが逮捕された時、世間は彼らがごく普通の若者であることに衝撃を受けた。著者は書簡や公判資料などをもとに犯行に至るまでの大道寺の歩みを追っていく。本書で強く印象に残るのは、優しく親思いの人物であったことだ。大道寺の両親が息子夫婦の逮捕をテレビで知る場面は切ない。逮捕される前、両親は釧路から上京し、息子夫婦のアパートで布団を並べ、幸せな数日間を過ごしたばかりだった。

そんな心優しき人物がなぜ爆弾テロを起こしたのか。いったいどこに転回点があったのか。
大学受験失敗を機に大阪の釜ヶ崎に出入りするようになった大道寺は、そこで高度経済成長の裏側を目の当たりにし、なんとかしなければと焦燥感を募らせる。だがひとりで現実を変えるのはあまりに荷が重すぎて、とっかかりすら見出せない。この頃から図書館で読む本が革命をテーマとしたものへと傾いていく。大道寺が初めて爆弾と出合ったのは、ロシア革命に関する書物の中だったという。

この社会問題への強い関心が革命というテーマに飛躍する過程は、何度読んでも理解できない。今回ひさしぶりに読み返したが、大道寺がどのような理路で暴力テロへ踏み出したかはついぞわからなかった。

ただ、本書が全共闘の時代を描いたノンフィクションの中でも屈指であることは変わらない。机上のプランの空疎さ(彼らの”綿密な計画”ではビル爆破で人身被害は出ないはずだった!)、想像力の欠如(死傷者が出て初めて動揺)、サンクコストバイアス(ここで引き返したらこれまでの闘争が無駄になる)などは、現代の私たちも陥りがちな陥穽である。

大道寺将司は2017年5月、東京拘置所内で生涯を終えた。残る逃亡犯が逮捕された時の裁判に備えてか、死刑が執行されることはなかった。生前、法廷で遺族や被害者に謝罪することはなかったが、著者にあてた手紙の中で、大道寺は次のように述べている。

〈ぼくが『豆腐屋』の四季に感動し、涙を流したのは、決して”大衆”としてくくってすますことのできない生活を見せてもらったからだと思います。ぼくが人民とか大衆とくくってしまう中に松下青年(当時の)生活があった訳だし、三菱で死傷した人も含まれています。ぼくはそういったものが全然見えなかったのじゃないかと思いました。その反省と、見せてもらった喜びがありました。〉

ふたたび桐島聡に戻ろう。誤解している人もいるが、桐島は死者8人を出した三菱重工ビル爆破事件には関わっていない。容疑は、韓国産業経済研究所の爆破事件に関するもので、この時、現場は無人だった。当時、桐島とともに指名手配された明治学院大生は、後に逮捕されたが、すでに刑期を終えて出所している。

もっと早く名乗り出ることはできなかったのか。そうすれば、もっと違った最期の迎え方ができたのではないか。彼の目に世の中の変化はどう映っていたのか……。もはや、その心中を知る術はない。

作者: 松下 竜一
出版社: 講談社
発売日: 2009/10/9
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作者:成毛 眞
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