正しく恐れるために読め!『津波 暴威の歴史と防災の科学』

2023年10月27日 印刷向け表示
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作者: ジェイムズ・ゴフ,ウォルター・ダッドリー
出版社: みすず書房
発売日: 2023/10/4
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津波について、ほとんど何も知らなかった。この本を読んだ感想をひとことで書くとそういうことになる。本当に勉強になった。世界中で過去におこった津波について、さまざまなエピソードがわかりやすく綴られていく。

よく知られているように、Tsunami は日本語から世界共通語になった数少ない言葉のひとつだ。語源からいくと、「津(=港)をおそう波」、すなわに「港の内部に押し寄せる異様に大きな波すべて」という意味だが、専門的な定義は少し違う。

きわめて長距離、長期間にわたって移動する一連の波。通常は海底およびその付近で発生する地震にともなう攪乱によって引き起こされる。火山の噴火、海底地すべり、沿岸部の岩盤の崩落、そして海への巨大隕石の衝突によっても、津波が生じることがある。


通常、津波といえば地震によって引き起こされると考えがちだが、他の原因によることも多々あるのだ。そういった事例が次々と紹介されていく。もちろんメインは、最も頻度が高いもの、地震による津波である。

地震がおきるとほぼ同時に津波予報がだされるが、これは地震の位置と大きさから推測されている。日本の津波予報についてはあまり書かれていないのだが、米国ではアラスカ州に大きな被害をもたらした1946年のアリューシャン地震がきっかけになった。この地震による津波はアラスカ州で灯台をなぎ倒しただけでなく、21時間後には津波の起点から1万5千キロメートルも離れた南極にまで到達し、波高4メートルの波が小屋をなぎ倒したというから、じつに凄まじい。こういったことについて書かれているのが第1章『消えた灯台』である。この災害をきっかけにTsunamiが正式な科学用語になっていく。

日本では古来、「津波」だけでなく、「海嘯(かいしょう)」や「ヨダ」といった言葉も使われていた。それが「津波」に統一されていったのは、『稲むらの火』という物語が小学校の国語教科書に採用され、そこで「津波」という言葉が使われたためだろうという。1937年から1946年というから、国定教科書の時代、全小学生が読んだのだから、その影響はさぞ大きかったはずだ。

第2章『稲の束と海の深さを結びつけた奇妙な曲線』は、その『稲むらの火』のエピソードから始められる。この話、今はどの程度の人が知っているのだろう?かくいう私も知ったのは3年前、徳島の名医・関寬斎の伝記を読んだ時だ。上総の農家に生まれ、佐倉順天堂で学ぶ貧しい塾生・関寬斎は、濱口儀兵衛商店(後のヤマサ醤油)当主・濱口梧陵に請われて銚子で医院を開業し、さらに援助を受け、長崎でオランダ人医師・ポンペに学んだ。その濱口梧陵が『稲むらの火』の主人公・五兵衛のモデルなのである。

1854年12月にあった安政南海地震のことだ。波が沖へと引いていくのを見て津波が来ると知った五兵衛は、村人に危機を知らせるため、稲むら(刈り取ったあと天日干ししてある稲の束)に火をつけた。荘屋さんの家が燃えていると思わせて村人をそこへ登らせ、多くの命を救った。貴重な米を犠牲にして、である。場所はいまの和歌山県有田郡広川町で、そこには濱口梧陵記念館がある。この話、小泉八雲が書いたので有名になったそうだ。ウィキペディアを見るとどうやら史実とはかなり異なっているらしいが、それはさておく。

なんと、この地震の津波は米国のサンディエゴで奇妙な曲線として観測されていた。海底の地震によるものではないかという報告に懐疑的だったアメリカ沿岸測量部のアレクサンダー・ベイチであったが、後日、その13時間前に下田で波高7メートルの津波があったと知り、考えをあらためる。さらには、津波の伝達速度から、下田からサンディエゴを結ぶ海底の平均深度は約4500メートルと推定した。後の実測値が4640メートルというから極めて正確である。この考えを逆に使えば、すなわち、海底の地形がわかれば、遠い場所でおきた津波の到達時間を推定することが可能なのだ。このように、章から章へと、ゆるいつながりを持ちながら、さまざまな歴史的事実が紹介されていき全15章を飽きさせない。あと、いくつかを拾い読みしていこう。

津波の文章記録は日本で数多く残されていて、すでに日本書紀に記載がある。しかし、文章以外の痕跡は世界各地にあって、絶対に津波であると断定するのは難しいようだが、いつごろどの程度の規模の津波があったかがわかることもある。もちろん大津波限定だ。といったエピソードがかかれているのが第3章と第4章。そして、ホンマですか?と言いたくなるのが第9章の『世にも不思議な本当の話』である。

地震や海底地すべりだけが津波の原因ではない。ハリファックス港でおきた貨物船の大爆発事故も、狭い港内に6メートルもの津波を引き起こした。その爆発と津波で2000人もが亡くなるというカナダ史上最悪の災害となったというのだから恐ろしい。これに比べると、次の二つは牧歌的な気がするが、けっこうな被害をもたらしている。

1906年にスコットランドのウイスキー工場であった発酵槽の破損による68万リットルの「津波」は、麦芽の絞りかすと混ざって粘調になり大変な惨事となった。「液体のり」のような物質の津波にのみ込まれるって怖すぎる。1919年、ボストンでは870万リットルもの「糖蜜」がものの数分間で一気に流れ出し、波高4~7メートルに達し、市の中心部を1メートルの堆積物で埋め尽くした。そして、死者21人と負傷者150人。糖蜜にからまれて死ぬっていややなぁ。でも、これって津波なん?

第10章『メガシャークネード』では、小惑星の衝突が津波の原因になることが紹介されている。え、そんなことがあったのかと思われるのも当然だ。約250万年も前のことなのだから。エルタニン小惑星として知られる直径1~4キロメートルの小惑星はチリの南南西1500キロメートルの海底に衝突した。最大波高は4キロメートルにも達したと推定されるから、見応えはあったろうけど、恐ろしすぎる。富士山くらいあるやん。

東日本大震災についての記載はほとんどない。そのかわり、第12、14、15章では、リスボン大地震、日本にまで大きな津波の被害をもたらしたチリ地震、そして21世紀最悪の災害・インド洋大津波がそれぞれ紹介されている。東日本大震災をしのぐ津波、どれだけ大きかったかがわかるだろう。

あなたも、ぜひ津波に備えてほしい。
まわりの人々を助けてほしい。
津波は過去に起きてきたし、これからもまちがいなく起きるのだから。

最後に書かれたこのメッセージ。しっかり頭に刻みつけたい。

作者: 合田 一道
出版社: 藤原書店
発売日: 2020/5/27
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関寬斎の評伝です。以前、レビューを書いてます。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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『決定版-HONZが選んだノンフィクション』発売されました!