『自衛隊の闇組織』「別班」は実在する!

2023年9月8日 印刷向け表示
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作者: 石井 暁
出版社: 講談社
発売日: 2018/10/17
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TBSのドラマ『VIVANT』が話題だ。我が家もドはまりしていて家族は毎週考察に夢中である。主人公の乃木憂助は自衛隊の裏の組織「別班」の工作員だったが、その後テロ組織の一員となった。「潜入」なのか「転向」なのかはいまのところ不明だが、予測を裏切る脚本が売りなので、この先もあっと驚く展開が用意されているのかもしれない。

さて、設定が自衛隊の秘密部隊ともなると、当然のことながら家族からこんな疑問の声があがる。

「“別班”って本当にあるの?」

「あるよ」即答したら、「え―――っ!?」と大興奮。そこで別班の成り立ちや任務、公安との違いなどを解説してやると、子供たちは珍しく尊敬の眼差しである。それだけではない。日頃、掃除機で本の山を突き崩す嫌がらせを繰り返す妻までもが感心しているではないか。ひさびさに父親の面目を保てた気分だが、実は解説のほとんどが本書の受け売りだというのは秘密である。もっともドラマの中では参考文献としてクレジットされているので、本当は秘密でも何でもないのだが。

本書は2018年に出版された。HONZで取り上げるのは基本は新刊だが、ドラマ人気に乗っかって増刷され、帯も『VIVANT』仕様になって書店で平積みされているので、この機会に紹介しよう。

共同通信社で防衛庁(現・防衛省)を担当していた著者は、かつて別班についてスクープを放った。2013年11月28日付朝刊用に配信された記事の見出しは次のようなものだった。

陸自、独断で海外情報活動 / 首相、防衛相に知らせず / 文民統制を逸脱 / 自衛官が身分偽装

記事では、陸上自衛隊の秘密情報部隊「陸上幕僚監部運用支援・情報部別班」(別班)が、冷戦時代から首相や防衛相にも知らせることなく、独断でロシア、中国、韓国、東欧などに拠点を設け情報活動を続けてきたこと、数十人いるメンバー全員が陸自小平学校の「心理戦防護過程」の修了者であることなどを伝えている。特に次のような記述はドラマを彷彿とさせる。

「別班員を海外に派遣する際には自衛官の籍を抹消し、他省庁の職員に身分を変えることもあるという。現地では日本商社の支店などを装い、社員になりすました別班員が協力者を使って軍事、政治、治安情報を収拾。出所を明示せずに陸幕長と情報本部長に情報を上げる仕組みが整っている。身分偽装までする海外情報活動に法的根拠はなく、資金の予算上の処理などもはっきりしない」

配信記事は加盟31社が1面トップで扱い、英語、中国語、ハングルで海外にも転電されるなど、大きな反響を呼ぶ一方、防衛関係者からは「なぜ今なんだ」と批判の声も挙がったという。もちろん著者にはこのタイミングで報じたい理由があった。別班は、政府や国会が武力組織を統制して暴走を防ぐ文民統制を無視しており、民主国家の根幹を揺るがす存在であること。さらに当時は特定秘密保護法が成立寸前のタイミングで、成立してしまえば、これまで以上に自衛隊に対する国会や国民の監視が困難になるという危機感があったからだった。

もっとも、別班の存在が世に知られたのは、この時が初めてではない。
きっかけとなったのは、1973年8月8日の金大中拉致事件だった。他国の要人が白昼、都内のホテルから攫われるという日本の治安当局にとっては屈辱的な事件である。

この拉致事件で、事前に金大中の張り込みを担当していたのが、退職自衛官らが設立したばかりの興信所で、所長は陸上自衛隊の秘密情報部隊である別班のメンバーだったことを、当時「週刊現代」が初めて報じたが、新聞やテレビは黙殺。ところが事件発生から約1年半が経過した1975年2月、共産党衆議院議員の松本善明のもとに手紙が届く。別班関係者からの内部告発だった。

告発の動機は、簡単に言えば、別班が公式に存在を否定されていることへの不満である。
共産党の機関紙「赤旗」は手紙の情報に基づき、チームを組んで取材を開始。地道な調査によって、手紙に記された別班長の身元を割り出し、彼が週5日間、在日米軍のキャンプ座間に出勤していること、そこには米陸軍第500部隊(情報部隊)が駐屯していることを突き止めた。さらには別班員24名の名簿を入手し身元を特定することまでやってのけている。

この時の取材をまとめた『影の軍隊「日本の黒幕」自衛隊秘密グループの巻』は現在入手困難だが、本書と並ぶ別班に関する基本文献のひとつである。

その後、別班関係者も重い口を開き始めた。中でも別班長だった平城弘通による『日米秘密情報機関「影の軍隊」ムサシ機関長の告白』では、元トップしか知りえない事実が明らかにされており必読である(こちらも入手困難。講談社はこの本こそ再刊してほしい)。

このように存在自体は「公然の秘密」だったわけだが、著者の功績は、別班が現在も活動を続けていることを明らかにしたところにある。特に海外での活動内容について自衛隊の最高幹部から決定的証言をとったのは大きい。憲法は「海外での武力行使」を禁じており、別班の非合法活動はこれに抵触する可能性があるからだ。

本書の内容は、陸軍中野学校の流れをくむ別班の成り立ちから採用試験の内容、命令系統に至るまで多岐にわたる。例えば面接試験では、部屋に電気工事業者が間違えて入ってきて、業者が退出した後、教官が「いまの男の眼鏡のフレームは何色だったか」「右手には何を持っていたか」などと質問したという(「床のタイルの色」や「地図から消されたグアム島」など、本書に出てくる問題がドラマでもほとんどそのまま使われていた)。

あるOBによれば、インテリジェンスの世界では、別班は「本物のプロフェッショナル集団」として一目置かれていたという。だが、防衛省は公式にその存在を認めていない。国の重要な意思決定の場面では、出所の不確かな情報は採用されないと聞く。別班員が海外で苦労して情報を入手しても日の目を見ない可能性が高い。それでは報われない。

「国は別班の存在を認めて、海外でも活動できるような体制をつくるべきだ。今、別班がやっている活動は茶番だ」「別班という組織の全貌を明るみに出して、潰してほしい。そして、国が正式に認めた正しい組織をつくってほしい」

当事者の証言にこうした不満の声が多いのも当然かもしれない。ある人物はそんな別班を「盲腸」に喩えてみせた。曰く、役に立たない。なくても支障がない。いつ発病(存在が発覚)するかわからない。発病すれば激痛を伴う(大問題になる)。死に至る可能性もある(組織を存亡の危機に追い込んでしまう)……。

機密の壁は高く、著者の取材は困難を極めるが、ようやく記事として発表できる段階に至る。ここからの関係各所とのやりとりは実に生々しい。
著者の取材のキーパーソンとなった人物は「お前にガードを付ける」と言った。それだけ危険な領域へと足を踏み入れてしまっていたのだ。
防衛省と陸上自衛隊トップへの事前通告のタイミングにも頭を悩ませた。突然、記事が出てしまうと、海外で活動中の別班員が危険にさらされる可能性があるからだ。少なくとも彼らが安全に撤退できるだけの時間的猶予は与えなければならない。
防衛省事務次官、陸上幕僚長に著者が記事にすると通告する場面は、まるで重厚なドラマの一場面のような迫力がある。

それにしても、別班の背後にいるのは、本当に防衛省や陸上自衛隊だけなのか。

ある陸幕トップ経験者に、別班を指揮しているのは誰かと著者が質問を重ねた際、その人物が言葉を濁す。著者は推測する。口にするのをためらった言葉は「米軍」だったのではないか――。

さて、気になる『VIVANT』の今後である。果たして日米関係にまで話はひろがるのだろうか。しかも本書では「青桐グループ」という別の秘密組織も紹介されている。さらなる謎の組織の登場はあるのか。さすがにそこまでいくと収拾がつかなくなるかもしれない。ともあれ、今からでも遅くはない。本書を読めば、さらに深くドラマを楽しめること請け合いである。

作者: 竹内 明
出版社: 講談社
発売日: 2011/8/12
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公安に関してはこのノンフィクションがおススメである。著者が手がけた小説『ソトニ』シリーズもぜひ。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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