「○○のすべて」みたいなムックを買うことはけっこうあるが、たいていは拾い読み程度で終わってしまう。いろんな事柄が載っているのはいいけれど、中には興味のない記事もあるからいたしかたなし。しかし、この『桂二葉本』は違った。66年の人生にして初めて、ムックを通しで読破した。桂二葉を知る人はもちろん、タイトルを見て「誰やその桂二葉は」と思った人にとっても絶対におもろい。騙されたと思って読んでもらいたい。
桂二葉、「かつらふたば」ではなくて「かつらによ(う)」と読む。いまや上方落語界では文句なしに一番人気の落語家さんである。なにしろチケットがよく売れるらしい。表紙を見ればわかるが、女性である。しかし、女流というレッテルやジェンダーがどうこうとかは関係なしに、落語家として大人気なのだ。理由は、なんせおもろいから。
トップの見開き、右側のページには可愛らしい横顔の写真と、こんだけしかないんかいっ!と言いたくなるような短い履歴。左側のページには自画像イラストと、サイン付きで「めっちゃ濃いで!」の自筆メッセージ。思わず「自分で言うなっ!」とツッコんでしもたけど、確かに内容がむっちゃ濃い。それに、むっちゃおもろい!
まずは生い立ちがおもろい。「入門から現在まで。そして これからのこと」と「生まれてから入門まで」と題された二本のロングインタビューにまとめられているが、いずれも爆笑必至。「とにかく無口で、引っ込み思案」で、まともに話すことすらできなかった少女がどうして落語家になったのか。勉強がまったくできなくて、中学生の頃は5段階評価で1と2ばっかり。だが、ご両親が偉かった。
学童保育の指導員だった父親と、「あんたは大器晩成やから」と育ててくれた母親。残念ながら二葉ちゃんは大器晩成の意味がわかってなかったらしいから、あんまり意味なかったやろうけど…。落語にジェンダーなんか関係ないわという二葉ちゃんの姿勢はご両親の影響が大きそうだ。アホやった姉に対して、弟は「大阪市内で一番賢い公立高校へ行き、神戸大学へ進学」って、ギャップありすぎやろ。ちなみに弟の西井開(にしいかい)さんは、『「非モテ」からはじめる男性学』というユニークでおもろい本を出しておられる。なんだかすごい親子である。
ブレイクのきっかけは、昨年のNHK新人落語大賞の受賞だった。そのインタビューの最後「まぁ、ジジイども見たかっていう気持ちです」というコメントが大きく取り上げられ、なんとNew York Timesにまで取り上げられたのだからすごい。女性の落語家はいくつかの理由で難しいといわれることが多いが、そんな戯言はふっとばしてしまっている。やはりその根底には、籍を入れておられないご両親の存在があるはずだ。
偏差値37で「みんなアホやから。すごい安心感がありました」という高校で勉強をがんばり、指定校推薦で大学に進学。その頃に初めて落語を観て、落語家になりたいと思うようになる。理由は「全力でアホなことがしたい、人前で言葉を発したい!」という欲求から。まぁ、天職と言うてええんでしょうかね。よう知らんけど。
入門してからの話は落語会などで聞いたことがあったけれど、活字にしたらさらにおもろい。二葉ちゃんはご両親だけでなく師匠にも恵まれた。落ちついた渋い落語家である桂米二師匠でなければ破門になっていたのではないかというエピソードが満載である。その心の広さは「師匠とお兄さんと二豆さん ~桂米二一門~」という座談会を読めばよくわかる。いやぁ、師匠も兄弟弟子も大らかですばらしい。たぶん、みんな大変やったんとちゃうやろか。
伝記みたいなインタビュー以外の大きな記事は、日本で唯一の職業落語作家である小佐田定雄さん、大阪の誇りと勝手に位置づけている料理研究家の土井善晴さん、あこがれの戸川純さんらとの対談が5本。あののんびりした土井さんの大阪弁と二葉ちゃんの高い声での大阪弁、読むだけでライブ感が十分。あまりにくだらない人生相談にあきれることなく答える戸川純さんもえらい。
その他、落語の持ちネタの話、今なお慕う高校時代の恩師「やきそばパン先生」をはじめとするこれまでにつきあいのあった様々な人たちの話、「二葉さんに“しょーもない”質問」の65連発、などなど、なんでこんなにおもろい話ばっかりやねん。
寄稿しておられる詩人で芥川書作家の井戸川射子さん、あこがれの鶴瓶さん、小佐田さん、その他、このムックに登場するみんなが二葉ちゃんを心から愛している。なんといっても二葉ちゃんには「フラ(生まれ持ってるおかしさや愛嬌)」があるからだろう。これだけは練習しても身につくものではないだけに大きい。もうひとつ、二葉ちゃんの落語を聞いて、というか、見て感心するのは、表情の豊かさ、そして体のキレの良さである。高座の写真を中心にじつにたくさんの写真が載っていて、それを見ているだけで笑えてくる。きっと、フラ、表情、身体能力の三拍子が揃っているからに違いない。
かくもおもろいこのムック、もちろん、桂二葉という素材があってこそだ。しかし、編集も抜群に素晴らしい。どの記事も笑えるのは紹介してきたとおりだが、井戸川さんの詩的な小編はしみじみと素晴らしくて異彩を放っているし、いちばん感心したというかなんというかは「二葉落語を音楽にしてみたら」である。NHK新人落語大賞を受賞した鉄板ネタ「天狗さし」の冒頭4分間を楽譜におこしてある。ふつう、こんなこと考えへんやろ。けど、大阪以外の人に知ってもらうにはええかも。って、相当な音楽の素養がなかったら意味ないやん。
二葉ちゃんには何度かお目にかかったことがある。このレビューを書くにあたり、呼び捨てにするのもなんやし、さん付けにしようかと思ったけど、ちゃん付けにした。最大の理由は、戸川純さんへの人生相談のひとつが「ちゃん付けで呼ばれたい」やったから。もうかなり人気がでてきたけど、もっと人気が出てほしい。日本中のひとが「二葉ちゃん!」って呼ぶように。
と書いて、「によ」なのか「によう」なのかが気になった。で、本人に尋ねてみたら「読み方、どっちでもいいです」、って。どっちかにせえよぉ。でも、そこらのええ加減さなんかもおもろいんよなぁ。
二葉ちゃんの弟の本。ユニークな視点からの論考で、東京新聞の書評にもとりあげられました。
駆け出しの女性落語家・甘夏が愛くるしい。小説ですが、二葉ちゃんのしでかしたエピソードがふんだんに盛り込まれてます。読売新聞では、落語好きの女優・南沢奈央さんが書評を。