「秘伝のタレ」というやつが嫌いである。テレビで飲食店が紹介される際によく耳にするが、あまりにいい加減だと感じる。鰻のタレも焼鳥のタレも、基本は酒と味醂と醤油だろう。そんなものを「秘伝」などともったいぶる料理人は相手を舐めているし、そんなナレーション原稿でお茶を濁すテレビ局も手抜きもいいところだ。いずれにしても真摯に仕事と向き合っているとは思えない。
優れた料理人ほど作り方を尋ねると丁寧に教えてくれるものだ。隠し味まで惜しげもなく開陳してくれる。プロは凄いなと思うのは、食材の切り方ひとつにも明確な理由があることだ。目の前の一皿について理路整然と言語化できるのは、日々誠実に仕事をしているからだろう。
もちろんレシピを教えてもらったからといって、素人に同じものは作れない。実際に言われた通りにやってみると圧倒的な技術の差があることがわかる。食材の扱い方や調理法といった料理のことわりも、高い技術がなければ机上の空論だ。理論と技術は互いを支え合う車の両輪である。
さて、こうした理論や技術は、職人あいだでどのように受け継がれているのだろうか。本書は伝統工芸の世界を中心に16組の師匠と弟子を取材した一冊である。肝は、いまどきの師弟関係であること。つまり「俺の背中を見て覚えろ」「見て盗め」が通用しない、現代の師弟関係が描かれていることである。
先日のWBCではダルビッシュ有選手が後輩たちに教える姿が話題になった。世界屈指の変化球の使い手が何を訊いても親切に答えてくれるのだ。選手たちには夢のような時間だったに違いない。超一流選手のオープンな姿勢は、体罰やパワハラが横行する日本のスポーツ界がいかに時代遅れかを際立たせてもいた。人に何かを教えるときに上から押さえつけるようなスタイルはこれから淘汰されていく一方だろう。
だが伝統的な職人の世界はどうだろうか。鉄拳制裁はさすがに論外にしても、上が命じることに下の者は有無を言わせず従わされる印象がある。
本書に登場するのは、庭師、釜師、仏師、染織家、左官、刀匠、江戸切子職人、江戸小紋染職人、宮大工、江戸木版画彫り師、洋傘職人、英国靴職人、硯職人、宮絵師、茅葺き職人といった人々だ。
多くの人がイメージする昔ながらの師弟関係は次のようなものかもしれない。
小川三夫さんといえば、現代の日本を代表する宮大工の棟梁だが、「法隆寺最後の宮大工」として名高い西岡常一氏に弟子入りした際、まず「道具箱を見せなさい」と言われたという。ところが、これ以上研げないというくらい気合いを入れて研いだノミやカンナを見せると、「使い物にならん」と投げられ、「納屋の掃除をせよ」と命じられた。
実はその指示の裏には、納屋には棟梁が描いた図面や道具が置いてあるから、自由に見ていいぞ、触っていいぞ、という意図が隠されていた。だが師匠は決してそれを言葉では言わない。言われた当人はその意図に後になってから気づくのである。
現代の師弟関係はこれとは対照的だ。
「今、私は弟子にコツを口で伝えています。コツとは理論に近づけようとすることだから、そのほうが早く習得すると思います」(江戸木版画彫師:関岡裕介さん)
「僕は惜しみなく言葉で教えます。背中を見て、自分で理解していくほうが深くわかるようになるでしょうが、時間がないんです。弟子入りは十五歳が理想なのに、この頃は高校卒業どころか大学院卒や社会人経験者まで来るから。『やりたい』と目を輝かす子たちを僕は断らず、丁寧に教えるんです」(茅葺き職人:中野誠さん)
今の弟子は随分と甘やかされているのではと思う人もいるかもしれない。だが本書を読んで思うのは、辛いことにただひたすら耐え続けることだけが修行ではないのではないかということだ。
本書に登場する弟子たちはそれぞれが今の仕事に魅せられて師匠の門を叩いている。技の凄さに目を瞠り、感動し、いつか師匠のようになりたいと憧れて修行に打ち込んでいる。もちろん大変な思いもあるだろうが、その姿からはブルシット・ジョブとは程遠い、やりがいのある仕事をしている様子が伝わってくる。みんないい顔をしているのだ。
山梨県の南西端に位置する早川町の雨畑集落は「雨畑硯」の産地である。「鋒鋩」(ほうぼう)と呼ばれる硯の表面にある目に見えない凹凸が他の産地とは違うのが雨畑硯の特色だという。明治期には百人を超える職人がいたが、高齢化や需要の低下などで職人が減り、望月玉泉さんただひとりになってしまっていた。その望月さんのもとにひとりの若者が弟子入りした。
昔ながらの職人の望月さんは、著者のインタビューに時折口が重くなる。技というものは簡単には言語化できないからだ。なにしろ師匠の仕事をひたすら見て技術を身につけてきた世代である。そんな望月さんの仕事を、弟子の中川裕幾さんは動画や写真に撮りまくっている。作業に集中していていようがおかまいなしに師匠にスマホを向けまくる弟子。いまどきの師弟関係の光景もなかなか面白い。
ただし「いまどきの師弟関係」といっても、高齢者と若者の組み合わせとは限らない。洋傘職人の林康明さんは職人の道に50代から入り、弟子の古川大介さんは40歳近くで入ったというから驚く。職人の世界というと若くしてその道に入らなければモノにならないイメージがあるが、林さんと古川さんの話を読みながら、職人とはひとつの生き方のことかもしれないと思った。それは自らの仕事に責任を持つ生き方である。人はいくつになっても自分の生き方を選ぶことができる。
さて、職人といえば「言葉」が魅力的である。職人が発する言葉には、目の前の仕事に真摯に取り組んできた者ならではの含蓄がある。最後に本書で最も心に残った言葉を紹介しておこう。
「我々は今生きている人間だから、今の感性で作品を作るわけだけど、今ってなんだろうと思うんだな。古典を知ると、それが見えてくるんだよな」(釜師:二代目長野垤志さん)
こんなハッとさせられるような言葉に出会えるのも本書の魅力である。
『師弟百景』には娘の志村洋子さんが登場するが、職人の本の名著といえば、真っ先にこの本が思い浮かぶ。
名工への聞き書きの名著。小川三夫さんの弟子、坂井竜二さんはこの本を読んで鵤工舎の門を叩いたという。
あまり知られていないが、この本も素晴らしい。建設現場の職人たちが語る仕事論は地に足がついている。